STUDIO EL @ BLOG
『スタジオ える あっと ブログ』 略して 『鼻眼鏡』!(ええええ?)
お知らせ♪
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
第三一話 『ラモンとデローリス』
 前世だなんて、信じろと言われても無理な話だ。ラモンはきっと、あんな状態でも本当の事が言いたくなくて口から出たでまかせだろう。少なくとも、デローリスはそう信じこもうとしていた。
 しかし、目の前で繰り広げられている会話を見て、彼女はその考えを改めかけていた。
 肌の色、顔立ちや骨格、そして何を話しているのかは分からない言葉の節々に聞こえてくる、違った訛り。どう考えても、同じ国の人ではない。
 それなのに、彼等は親しく、何の問題もなく話している。しかも、かなり親密な感じで…
 他国人同士がこんな風に仲良くなれるなんて、むしろ前世で知り合いだったと言われないと納得できないのかも知れない、頭の隅でデローリスはそう考えていた。
 突然、ラモンがぼそっと何かを言った。なんて言ったかは聞こえなかったが(いや、聞こえても理解できなかったのかも知れない)、エイレ他の注目を集めるのに十分だった。
 そこからまた2、3言を話してからラモンは回れ右をし、その場から立ち去って行った。そしてその後姿を眺めていたデローリスは、どうしようもない遣る瀬無さを感じ、胸を押さえながら涙を流した。






「ちょ、なに不貞腐れた子どもみたいな事言ってるのよ!あのナリでそんな事言うなんて信じられない!」
 あきらかにニーシャはラモンの言葉にカチンときていた。しかし、ラモンのあの態度に無理もないとエイレは思ったのだが、その理由をなぜかそれを口にすることが出来なかった。

『どうせ仲間に入れてもらえないのなら、ここで抜けるぜ』

 それはきっと、エイレが言った『覚悟のない者は迷惑なだけだ』発言を言葉通りに信じた結果なのだ。なら、訂正しなくてはならない。決して彼を遠ざける意味で言ったのではなく、彼を出来れば巻き込まないために言った言葉だと。
 しかし、それが出来ない。
 それを言ったら、何かが崩れるような気がするのだ…
「ちょっと、あの馬鹿に喝を入れてくるから2人はここで待ってて!
 ほらアレックス、あんたも来るのよ!」
「え、俺が?」
「力づくで納得させるには、あんたが適任だからね!」
 力押しかよ、とアレックスはぼやきながらも律儀にニーシャの後をついて行った。
 彼らの後ろ姿を見て苦笑いしそうになったデイビットだが、ふと泣き声が聞こえ後ろを振り向いたらアレックスたちと一緒に出てきた女性が泣いていた。ぎょっとして何事かとエイレに聞いた。
「ラモンの…ジェネの今の名前ね、の彼女……だった人」
「彼女?!……まぁ、あの頃よりはだいぶ成長したから、いても当たり前だけど…それにしてもなぁ~……」と、ぶつくさ言うデイビットが可笑しかった。
「でも」とデイビットは続けた「なんか、破局した感じだね?」
 そうだね、と同意するようにエイレは頷いた。
 例え、2人の仲が悪くなったのにエイレ自身は責任がなくとも、その切っ掛けはやっぱり自分の存在だと自覚している。ここでエイレが何か言ったらさらに状況を悪化するかもしれないと思ってもみたが、これ以上何が悪くなるか?
 ちょっと待ってくれる?と手でデイビットを制して、エイレはデローリスに近づいた。






 ジェネの事に関しては、ネストルはすべてリアンダーに責任を預けていた。面倒くさい、と思うところもあったが、ジェネが王女親衛隊に入った頃は連合との緊張もピークに達していたので、国王の忠告者でもあるネストルが彼に構う暇がなかったのだ。
 それを今、ニーシャは後悔していた。
 なんだかんだ言ってうちの隊長は年下に甘いのだ。ユリウスにだって飴と鞭を心がけていたようだが、はたから見れば飴の方が断然多かった。
「こら、ジェネ!止まりなさいよこのおバカ!」
 先ほどからずっとこの調子で叫んでいるニーシャだが、言葉自体はそんな怖いものでもないのに妙な迫力がある。アレックスは今その怒りが自分に降り注いでいないのに胸をなで下ろしていた。
「ジェネ!このバカジェネ!!」
「ジェネジェネ言うな!」いい加減に腹がたってかついに叫び返す。
「他の呼び方がないんだからしょうがないじゃない!」
「俺にはラモンって名前がある!」
 そう、と妙に嬉しそうにニーシャは言った。
 その笑顔の裏が怖いのだとアレックスは分かっていたが、果たしてラモンは気づくのか?
「で?そのラモンは、なに子どもみたいに不貞腐れているのかな?」
 自分に向けられていたら、絶対震え上がっているだろうと実感するアレックスだが、なぜか平然とラモンは言い返した。
「ほっとけよ!どうせ俺は知りもしない姫さんを守る覚悟なんてないんだよ!
 自分のことでいっぱいいっぱいで、そこまで気が回らないんだよ!迷惑だけなんだったら、ほっといてくれよ、え?!」
 ラモンのまくしたてる言葉に、なぜか胸騒ぎを感じ始めるアレックス。そんなアレックスとは対照的に、ニーシャは呆れていた。
「なぁに?あんた何時から隊長の言葉を素直に聞くようになったの?」
 ワザとらしい溜息をつくニーシャを男2人は違う目で見た。
 ラモンは笑われたことでの苛立ち、そしてアレックスは『隊長の言葉』と言う事での驚き。
「そんなの、隊長がジェネに申し訳ない事をしたなって思っているから言った言葉よ―いや、最後まで聞きなさい。
 あんたはね、どうせ優しく言っても聞いてくれないのを分かっているからきつく言っただけよ。今の生活から切り離すのは忍びないし、どうせなら後腐れないように強く言っておけばあんたもわだかまりが残らないで隊を抜けられると思ったんでしょうね…
 不器用だけど、それが隊長の優しさ。もちろん、あなたが一緒に行きたいと思っているのなら、誰も否定はしない、むしろ歓迎するわよ?」
 そう言って、今度は普通の笑みを見せるニーシャ。


 しかしそれに反してアレックスの気持ちは沈んでいた。
 確かに、それはとても隊長らしい言葉だ。でも、隊長…リアンダーすぎる。



 アレックスが日本で出会った、あの人っぽくないのだ、全然。









 デローリスが泣きやむのを待ってから、エイレは聞いてみた。
「聞きたい事があったら、何でも聞いていいよ?」
 あなたにはちゃんと知る権利があるのだし、と優しく言った。
 デローリスは一瞬口を開いたが、思い直したように閉じた。いまさら何を聞けばいいのかと、暗に言っている表情だった。
 そこで、エイレの方から助け船を出す事にした。
「…本当の関係を説明できるけど、どっちにしろウソっぽい話…その表情だともう既に聞いているみたいね?
 言い訳にはならないけど、どうせ信じてもらえないから、もっともらしいウソをついた。それが結局仇になってしまった事を謝るわ。ごめんなさい」
 頭を下げるエイレの方を見ないで、デローリスはぼそりと言った。
 結局…私はあいつの何だったのかなぁ~…と
 エイレが返答を出来ずにいると、デローリスはやっと振り返った。
「私、この街を出る」
 目を丸くするエイレに、前から考えてたの、とデローリスは言った。
「父の暴力に耐えられなくなって家を出たのが6年前…アルコール中毒で病院生活を送っていると、おばあちゃんから手紙が届いてて、今彼女は一人で生活してるみたい……
 体も不自由になってきたおばあちゃん一人じゃいくらなんでも可哀そうだと思うし…今の私は6年前のティーンエイジャーでもない。
 私も、逃げてばっかりじゃダメかなって思ってたの」

 デローリスの言葉が、ズシズシと心に重く響く。

「ねぇ、1つだけ聞いてもいい?」
 ちゃんとした答えがもらえるとは思えないが、と付け加えるデローリス。
「あなたを見ている時、話している時、時々違う人物と話している気分になったの…ねぇ、エイレ?」



 あなたはいったい誰なの?





↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第三〇話 『王女親衛隊、集結』
 ふと、アレックスは懐かしい感じがした。いや、厳密には懐かしくもなんともない気持ちだ。むしろ胸が悪くなる感じ。
 しかし、それをわざわざ「懐かしい」と思ったのには訳がある。前にこの感じを味わったのが、ずいぶんと昔だからである。
 そう、自分がまだユリウスだった時に。
 アレックスはその『いやな感じ』の元を探るべく、自然とかけ足になっていた。街の中心部から離れ、人気の少ない広場に出て、アレックスがやっと足を止めたのは廃墟になっているビルの手前。何となく、昔スタントをしたホラー映画のビルを思い出した。似てはいる、しかし今は昼間で雲一つない晴天。怖くもなんともない。
 もともと、アレックスは幽霊やら呪いやらを信じていないから怖いとは思ってない。でも、彼は今ビルに入る事を躊躇っている。映画の話を思い出したからではなく、彼の『いやな予感』が何を意味するのかを確かめなければならないからだ。
 ユリウスはそれをたどり、命の危険にあったジェネを見つけた。今回もジェネか、もしくはエイレか?そして何より、その見つけた人は無事なのか?
 ヤバい、とアレックスは思った。
 気が動転し始めている。気が動転すると冷静な判断が出来なくなるうえ、彼の『勘』も鈍るのだ。
 しっかりしろ!とアレックスは自分に言い聞かせた。今ここで怖じけずいてどうする?!


 ピルルルル…ピルルルル……


 かすかに機械音が聞こえ、何の音だ?と辺りを見回して気づく。そう言えば新しい携帯を買ったんだ!
「…はい」
『ちょっとアレックス!あんた今どこにいるのよ!?』
 声は、なぜか興奮気味なニーシャだった。そういえば今朝グアテマラに着いたはずだったなと思いだす。
「街はずれの広場近くの廃墟のビルだ」
『は?何でそんな所にいるのよ?』
「いやな予感がするんだ…だからちょっと見てくるから後でかけなおしてくれるか?」
 ちょ、ちょっと!とニーシャは慌てた。
『今からそっち行くから通りの名前くらい教えなさいよ!』
 そんな時間はないのに、と思いながらも律儀に通りの名前を錆びれた標識から読み取り教えた。そして別れのあいさつも早々に、携帯を切り廃墟のビルの中へと入っていった。
 最初は警戒して階段を上がっていったが、複数の人の声と女性の叫びが聞こえ、アレックスはその階で止まった。そして気づかれないように近づくと一人の男が囲まれているのが見えた。誰だろう、と疑問がわく前にアレックスは気づいてしまった。気づいて、思わず吐き出す。

「あの、バカ野郎……!」










 電話を唐突に切られ、いつものニーシャだったらカンカンになるところだが、今回は機嫌が良かった。いや、機嫌が良かった所じゃない。今の彼女だったらどんな罵声罵倒を浴びせられても相手を許せただろう。それくらい嬉しい出来事があったから。
 ラ・アウロラ国際空港に着いて、ニーシャとデイビットは真っ先にグアテマラ・シティへとバスで向かった。車をレンタルしても良かったのだが、一応アレックスと合流してからの方が良いだろうと判断したわけだが、それが良かった。
 バスから降りてデイビットに荷物を取ってくるよう頼んでおき、先にバスターミナルに行くと、彼女がいた。
 まさかと一瞬目を疑った。アレックスが1週間以上も探して見つからなかったのに、今日着いた私たちがもう見つけたの?
 周りの音が消え、聞こえるのは自分の心臓の高鳴りだけ。だから、彼女を呼んでも、ちゃんと声が出たのか分からなかった。
 しかし、彼女は顔を上げた。
 2週間ぶりの顔がやっと見れて、ニーシャはわき目もふらず彼女に抱きついた。














 あの時は油断したのだとずっと思っていた。
 アリスタウスは目の前の攻防を眺め、自分のその考えが間違っていた事に気づく。
 あの時、『子獅子』は助けに来た『白ネズミ』を叱咤しながら何とか逃がし、それに俺達が追い付かないように邪魔をした。薄暗い地下の通り道だったし、障害が多かったので、攻撃が全く当たらないのも地の利をちゃんとよんでいなかった自分達の油断が招いた結果だと結論した。
 しかし、今目の前にいる『子獅子』はどうだ?
 あの時は自分よりも年下だった『子獅子』だが、今は年齢も身長もアリスタウスとほぼ同じになり、顔つきも大人になった。だが何よりも、彼の動きが凄い。
 最初に蹴り倒した男を抜かして、相手はナイフを持った男5人。それに怯む事もなく、『子獅子』は適切かつ力強い一発を叩き込んでは男たちの手からナイフが落とされ、まるですべてが一連の動作のように流れる動きで急所を突く。
 ここまでは喧嘩慣れしているとしか思わなかったが、よく観察していると『子獅子』は死角からの攻撃を何度も、何度もかわしているのだ。喧嘩慣れしているのなら、多少相手の動きが読めるし気配も感知できるが、彼の動きは明らかにそれ以上だった。よほど熟練した戦士でなければ、あんな動きは出ない。
 1人1人と倒されていくのを黙って見守っているアリスタウスだったが、とうとう『レランパゴ』も最後の1人となった時、彼は背中に手をまわした…

 ひやっと寒気がし、アレックスは膝を折ってから後ろに倒れた。その時、パンッと乾いた音がし、先ほどまで対峙していた男が、信じられないとでも言うように自分の胸を見降ろした。
 血が、あふれ出ている。
 男は何か言おうとしたが、首を絞めつけられたような音しか出てこないうえ、次の瞬間ドフッと血を吐き出した。そして白目をむき、先ほどまでアレックスのいた場所に倒れた。
 はっとしてアレックスが振り向くと、そこには見知った顔の男。名前は知らないが、昔も似たような状況で出会ったことがある男。
「よう、『白ネズミ』の次は『子獅子』か?こりゃ、流石の俺でも部が悪いかもな…」
 それに、たとえ俺が銃を持っていてもお前によけられる可能性があるしな、とは付け加えなかった。
 じりっ、とアレックスが動こうとするとアリスタウスは突然銃を違う方向へ向けた。なんだ?とその方向を一瞥すると、そこには知らない女性。
「デローリス!」とラモンが叫ぶ。
「動くなよ『子獅子』…お前が動けばあの女は撃たれる…まぁ、見も知らない女だろうが、後ろでひっくり返っているお前の仲間の彼女だそうだ。
 まぁ、破綻間際ではあるがな」
 そう言ってアリスタウスは少しずつ後ろへ下がってゆく。
「今回は引かせてもらう…まさか『子獅子』がここまで成長するなんて予想外だったからな。
 『赤獅子』に会えたら、マティアス様からよろしく伝えてくれ」
 そうしてゆっくりと後ずさりながら、アレックスが使ったやつとは違う階段を使い、タタタッと音だけを残して、消えた。





 ふぅ、とアレックスは息を吐いた。人を本気で殴ったのは何年振りだろう?…そして、ぽかんと口をあけているラモンに声をかける。
「エイレを探しているのに、まさかお前を先に見つけるなんて思ってなかったぞ、『ジェネ』」
 だが、意外な事に、先に反応を示したのはデローリスだった。
「ジェネ、その人もあなたの事ジェネって呼んだよね、今!」
 スペイン語では『こんにちは』と『ありがとう』位しか知らないアレックスは戸惑った。そこで藁にもすがる思いでラモンを見るが、ぎょっとした。
 怒りのような、悲しみのような、どちらともとれる目をしながら、唇を強く噛んでいたから…
「ねぇ、どうして今も何も言ってくれないの?」とデローリスは続けて言う。「なんで私を信頼してくれないの?」
「信頼、だと?」
 地を這うような声色に、意味は分からずともアレックスは鳥肌が立った気がした。そしてデローリスもまた、ビクッと体を震わせる。
「先に信頼を裏切ったのはそっちだろ!あいつと連絡を取るなんて、信じられねー!」
「何よ!」とデローリスも負けずに声を上げる。「元はと言えばあなたがちゃんと事情を説明してくれなかったからでしょ!」
「ああ、そうですか、そうなんですか!だったら教えてやるよ!
 『ジェネ』は俺の前世の名前で、エイレはその時の上司で、目の前にいるこいつはその時の同輩だ。とある姫様を守る隊なんだよ。そして、俺達が『元彼』と呼んでたのはその時の敵で、最後に逃げたあいつはその男の部下なんだよ!」
 何それ、とデローリスは弱弱しく反論した。
「そんな馬鹿げた事をよく言えるわね…」
「ほらな!どうせ嘘だと思うだろ?何でおれが真実を言わなかったかこれでわかるだろ?本当の事を言っても信じてくれないからな!だったら嘘でも、信ぴょう性のある事を言った方が良いじゃないか!」
 デローリスは複雑な表情でラモンを眺め、ラモンは床に目を落とした。
「……なんで、俺を信頼してくれなかったんだよぉ?」
「信じたかった…でも、あんたが何も言わないから――」
「お前は…俺を信じてくれなかった……っ!」
 泣きそうな声のラモン、そして本当に泣きだすデローリス。そんな2人に挟まれ、少し途方に暮れていたアレックスだが、とにかくここから出ようとまずデローリスに声をかけた。身振り手振りと簡単な英語で何とか彼女は立ち上がった。
 次にラモンに声をかけようとしたら、俺はほっとけと一喝された。
「俺には何も残ってない…『ディエンテ・デ・ティブロン』の仲間も…守りたい相手も…
それに、お前の仲間なんかじゃねーんだ。隊長には…一緒に来るなって拒否されたからな……っ!」
 目をぱちくりさせてから、アレックスは何気無く言った。
「いや、そんな事よりも死体があるここから急いで出て行った方が良いと俺は思うんだけどな?」








 廃墟のビルから出る時、3人とも無口だった。しかも肌に刺さるような沈黙なので、アレックスは居た堪れない気持ちだった。
 先ほどの2人の会話で時々エイレの名前が聞こえたので、それについて聞きたがったがどうもそんな雰囲気じゃない。出口が見え、思わずため息をつくとまた機械音がした。
 今度は余計な時間をかけずに携帯を取り出すとニーシャの元気な声が聞こえた。
『ちょっと、あんた今どこにいるのよ?』
「今からビルを出る…実は『ジェネ』が一緒なんだ」
 自分の昔の名前が聞こえ、ラモンが伏せていた顔を上げた。
『あら、そうなの!だったら王女親衛隊がそろった事になるわね!』
 まぁ、確かにお互いが誰なのか分かったよな、と少し寂しそうに言いながらアレックスたちはビルを出た。
「ちがうわよ」
 と携帯からではなく、生でニーシャの声が聞こえ顔をあげると、アレックスは携帯を落としそうになった。

「これで、王女親衛隊が集結したでしょ?」
 そう言ってほほ笑むニーシャの隣に、彼女はいた。


 2週間以上も顔を見ていないが、やつれてしまっているが、確かに彼女だ。隊長だ!
 そしてアレックスは、感極まった声で彼女の名を呼んだ。



「エイレ…っ!」




 王女親衛隊、ここにて集結。





↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第二九話 『デジャヴ』
 店長に「風邪をひいた」とウソをつき、デローリスはコーヒー店で『アリスタウス』と言う人を待っていた。特徴は?と聞いても、来れば分かると『元彼』は何も教えてくれなかった。だから店に人が入ってくると、まだか、まだかと気が焦ってしまう。


 朝起きた時、何時になっても来ない手紙を待っているロサの他に、エイレも既にキッチンにいた。周りには荷物も何もなかったから、まだ出るのは先かなと推理した。
「今日は遅いね」とエイレは言った。「体の調子でも悪いの?」
 しらじらしい、と思いながらもデローリスは何とか、ちょっと熱っぽくて、と言い訳した。
「どこ行くか、決まってるの?」
 薄めのコーヒーをマグカップに淹れながら一応聞いてみるが、エイレは首を横に振った。
「バスターミナルに着いてから考える…出来るだけ遠くの方が良いよね?」
 そう言った彼女の表情は、いつもに増して疲労が濃かった。


 その会話の後、昼ちょっと過ぎにエイレはシェルターを出て行ったが、そのままバスターミナルに行ったとはデローリスは思わなかった。
 出来るだけ遠くに行きたいのなら、早朝または夜行のバスに乗るのが一番だ。空いているバスを探すために時間の余裕を持つ姿勢を見せているが、そんな筈はないとデローリスは踏んでいる。
 きっと、ラモンの所にいるのだと。そして、チケットはすでに彼が持っているのだと。
 その考えにまたいきついて、デローリスは胃のあたりがムカムカするのを感じた。しれっとウソをつくエイレも腹立たしいが、それ以上にラモンの『今でもデローリスの事を思っているんだ』という感じが許せなかった。新しい人を見つけたのなら、きっぱりとふってくれた方が良いというのに!
「デローリスですね?」
 突然呼ばれて、びっくりする。いつの間にか考え込んでいたらしい。
 名を呼んだ男性は外国人だった。見た目もそうだが、彼のスペイン語は外国人特有の訛りがある。中肉中背で、なかなか男前な顔立ちだ。
 あ、ハイ!とデローリスは慌てて返事をする。彼が『アリスタウス』なのだろう。
「初めまして、アリスタウスです。
 ミサキエイレの事で、話があると聞きましたが」
「はい…その通りです」
 ふむ、とアリスタウスは考え始めたので、デローリスは座るように勧めた。彼はお礼を言い、デローリスの反対側に座り、彼女は冷たくなったコーヒーを飲みほした。
「では、ミサキエイレは今どこに?」
「多分…私の彼氏と一緒よ」
 アリスタウスが眉をひそめるので、デローリスは付け加えた。
「私の彼氏…ラモンと浮気してるのよ、あのミサキエイレが」








 まさか『赤獅子』が浮気をする、しかも男と浮気をするとは思えなかったが、アリスタウスは黙っていた。こんな展開になるとは予想だにしていなかったが、ラモンとは『ディエンテ・デ・ティブロン』の1人だし、面白くなりそうだ。
 デローリスにはラモンを誘い出すように提案した。少し訝しんだが、俺達はミサキエイレにしか興味がないからラモンが出ている間に家を訪れて、彼女を連れていくといったら何とか納得してくれた。
 こういう時、カトの「お前は人の良さそうな顔をしていて得だな」と言った事が実感できる。
 待ち合わせ場所は近くに廃墟のビルとかが並んでいる広場にした。もちろん、『廃墟のビルとかが並んでいる』ところはデローリスに伏せて、だが。それともう一つ伏せた事は、『レランパゴ』の連中を何人か呼んだという事。
 デローリスにラモンの家を聞き出し、『赤獅子』の脱出劇を思い出し自分以外の3人をそっちに向かわせた。自分もそっちに行っても良かったのだが、これから起こるであろうデローリスとラモンの泥沼に興味があった。
 『レランパゴ』の連中と打ち合わせをし、デローリスとラモンが待ち合わせた後、廃墟まで連れてくるように指示した。自分の存在が知られる事なくこれから起こる愛憎劇を特等席で眺めるためだが、廃墟の薄暗さに何か既視感をふるい起させた。
 それが何なのかは、2人を連れた『レランパゴ』の連中が廃墟に入ってきた時、思い出せた。



 デローリスに呼び出されたラモンは、とにかく困惑していた。
 ひと気の少ない広場に呼び出されたのもおかしかったが、着いてそうそう「どこ行くつもりなの?」と凄い形相で聞かれるのは予想だにしていなかった。
「どこって、どういう?」
「誤魔化さないでよ!」といきなりキレられた。「あの女、ミサキエイレとどこに行くのかって聞いてるのよ!」
 一瞬、何を言われているのかが分からなかった。ミサキエイレ、隊長と何だって?
「まて、俺はあの人と一緒にどこへも行かないぞ?」
「あの人!」デローリスは鼻で笑った。「ずいぶんと肩を持つわね、あの女に!そんなに好きなんだったら、私をキッパリふればいいでしょ!」
 何だって?
「おい、ちょっとそれはどういう――」
「お楽しみ中、申し訳ないが」といきなり腕を捻りあげられた。「ちょっと一緒についてきてもらおうか?」


 聞いたことある声。

 もう二度と聞きたくない声。

 なぜ、『レランパゴ』の奴らがこんなところに?


 まさかと思い、デローリスの方を見たが彼女もこの状態には驚いているようだった。少なくとも、『レランパゴ』の連中は彼女の仕業ではないと胸をなで下ろす。
「さぁ来るんだ」と廃墟のビルに連れられた。
 何故かデローリスはずっと「こんな話し聞いてないわよ」と叫んでいたが、そんなの自分だって聞いていない。
 それ以上に、『レランパゴ』連中の嘲りがラモンの思考能力を失わせていた。曰く、ラモンが最後の1人だと…




 もうここで良いだろう、と誰かが言った。
 ラモンは強制的に膝をつけられ、目の前に『レランパゴ』の1人がしゃがみ込んだ。名前は知らないが見知った顔の男で、ムカつく声で、よう、と挨拶した。
「どうだ、気分は?」
 素直に最悪だと言うと相手が笑った。
「だろうなぁ、だが俺達は最高だぜ。憎き『ディエンテ・デ・ティブロン』もお前が最後の1人だからな!」
 自分が、最後の、1人…
「まさか…そんなっ…!」
「お前の前は確か、オレッハって奴だったけか?オレッハだけに、そのオレッハ(耳)を持ち帰ろうかと思ったよな!」
 そう言って『レランパゴ』の連中全員笑った。

 そんな、昨日会ったばかりだと言うのに!

「それもこれも、全部あの人のおかげさ」と、目の前の男は後ろの方を頭で指した。「なぁ、アリスタウスさん?」
 アリスタウス?…何故か聞き覚えがある名前だった。
 何かモヤモヤしたものを感じていたが、その人物が出てきた瞬間思い出した。
「お前…!」
「ちょっとどういう事よ!」
 呟くラモンの声をかき消して、デローリスが叫んだ。
「あんた達の狙いはミサキエイレだけでしょ?!何で『レランパゴ』の連中がいるのよ!約束が違うじゃない!」
 ラモンは唖然としてデローリスを見た。

 イマ、ナンテイッタンダ?

「約束も何も、ラモンに手を出すなとは一言も言ってないだろ?」とアリスタウスは嘲笑した。「それに、結局ミサキエイレは見つからなかったみたいだしな?」
「そんな!」とデローリスは真っ青になった。「ラモン言って!ミサキエイレがどこにいるか教えて!」



 ラモンの中で、やっと何が起こっているのかが、理解できた。



「残念だったなぁ?」とアリスタウスが昔の言葉で言った。「王女親衛隊の連中には手を出すなとは言われているが、お前の事はマティアス様も、タナトスもカトも知らないからな。このまま死んでも、俺は誰からもお咎めを受けないって訳さ」
 キッと、ラモンはアリスタウスを睨んだ。昔と同じように…いや、昔よりも怒りを込めて。
「お前だったのかよ…最近『レランパゴ』が雇った助っ人ってのは!」
「びっくりしたか?俺はまた『白ネズミ』と出会えるとは思ってなかったからな、びっくりしてるぜ?
 しかし、お前も難儀だな?彼女にはお前が『赤獅子』と浮気していると思われているらしいぜ?」
 アリスタウスの言葉に、ラモンは思わずデローリスの方を見た。
 彼女も『レランパゴ』の連中も、いきなり2人が知らない言葉で話し始めた事に驚いているようだった。
 不意に、ラモンは泣き出しそうな表情になった。何か、いろいろと遣る瀬無くなったのだ。
「あの人は…」絞り出すように言うラモン「あの人は、俺には覚悟がないって、一緒に行くのを拒否されたのに…!」
「こりゃあ良い!『赤獅子』にふられたうえ、彼女にもふられたか!」
 ひとしきり笑うアリスタウス。しかし、それが止むとスッと表情が変わった。昔、ラモンがジェネだった時のアリスタウスに戻っていた。
 そして、スペイン語で言った。
「そいつは何も知らない…お前らの好きにしな」


 そこからの出来事は、妙に遅く、霧がかかったように感じた。

 デローリスの悲痛の声。

 にやけ顔でナイフを取り出す『レランパゴ』の連中。

 そして、冷たい眼のアリスタウス。

 ラモンは、自分がジェネに戻った気がしていた。周りが薄暗いせいもあるが、何よりアリスタウスの目がそう感じさせた。

 あの時、ジェネは本当の『死の恐怖』を味わった。
 ここで殺される。もう助からないんだと、諦めてた。

 今も、それとまったく同じ状況…まさにデジャヴ。



 なのに、何かが足りない…



 『レランパゴ』の一人がラモンを刺そうとする。痛いだろうな、とラモンが思っていたら、突然、体が後ろに引っ張られた。
 何だ?と思って見上げたら知らない男がラモンの腕を捩じ上げていた男をのしたところだった。
 そして、倒れているラモンをとび越え、一番近くにいたナイフを持った男に蹴りを入れ、『レランパゴ』とラモンの間に着地した。


 デジャヴ


 身長も、髪の毛の色も違うのに、ラモンにはこの男が誰なのか分かっていた。




「ユリウスっ……!」





↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第二八話 『崩れる』
 いつもトルティージャを買っている露店が消えていて、不審に思いラモンは大通りから少し外れた寂れた店に寄った。入り口の看板には『本日休業』とサインが出ていたが、それを気にせず店に入る。
「……泥棒にでも入られたのか?」
 店を少し見まわしてからラモンが言ったのは、ごちゃごちゃしていてもそれなりに整理されていた品物が、完全に散乱しているからだ。
「そんなんじゃない」と奥から一人の男が出てきた。中肉中背で、一つに束ねた髪の毛には白い物が混ざっている。そして彼の首には、ラモンの付けているネックレスとそっくりな物が着けられている。
「そろそろ飛んだ方が良いみたいでな……その顔だと聞いてないな?」
 ラモンは素直に首を横に振った。
「もう2人がやられた…サントスとチコだ」
 倒れていた置物を正していたラモンだが、その2つの名を聞くと手が止まってしまった。またしても、彼のギャング仲間が亡くなってしまったのだ。
 そしてふと、先ほどトルティージャの露店が消えていた事を思い出すラモン。
「ホルヘ…あいつもやられたのか?店が消えていたから……」
「いや、あいつは先に飛んだ。確か…パナマに行くとかなんとか」
 そうか、とラモンは胸を撫で下ろした。

「『レランパゴ』の連中がな、どうも助っ人を雇ったみたいなんだ。どういう素性の者かは分からないが、妙に俺達『ディエンテ・デ・ティブロン』の情報に長けているみたいでさ…
 もう、潮時なのかもしれないなぁ~」

 ラモンはただ黙って聞いていた。
 『ディエンテ・デ・ティブロン』が分散した時、ほとんどのメンバーが街を出なかったのはいつか復帰できると思っていたからだ。しかし、一人また一人と仲間が殺され、残っているのは元のわずか10分の1。もう、復帰なんて出来るはずなど無いのだ。


「まぁ、そういう事で俺も飛ぶ事にしたさ」
 そう言う男に、どこへ?と聞くラモン。
「多少貯えもあるし、海を渡ろうと思ってる…どこへかは決めてないけどな」
 苦笑する男にラモンは何とか笑みを作れた。
 お互い、なんとなく分かっているのだ。これが今生の別れなんだって事を……
 お前は?と今度男がラモンに聞いた。
「……とりあえず、覚悟は決めなきゃなと思ってる」
「そうか…まぁ、頑張れよ」
 ああ、とラモンは頷き、お礼を言ってから店から出ようとし、入口の扉に手をかけてから振り返った。



「じゃあな、オレッハ」












 今度こそは、とデローリスは仕事からの帰り道決心していた。
 今度こそ、『レオナ』の口から真実を引き出すんだ。今夜もう寝ていたら、明日の朝にでも!
 そう思いながらシェルターに戻ると、彼女の部屋の電気がまだついていた事に気がつく。いつもなら消えているはずなのに、今日はまだ起きているみたいだ。
 これは都合が良いと、デローリスは自分の荷物を置いてすぐ『レオナ』の部屋の扉をノックした。
 しばらく無言だったが、少ししたらガチャッと音がしドアが開いた。
「ああ、デローリス…」
 出てきた『レオナ』は久しぶりに会った気がする。頬の包帯は前のままだが、妙に顔色が悪い。その癖に足取りはしっかりしているし、口調も変わらない。何かあったのかと一蹴思ってみるものの、違うでしょ?と自分に言い聞かせる。
 今は相手を気遣う時ではなく、本当の事を教えてもらう時だ。
「ちょっと、話したい事があるの」
「話?」
「ええ…中に、入っても良い?」
 そう聞くと、あっさり中に入れてもらえた。そして気づく、彼女の部屋が異様にきれいになっている事を。
 いや、『レオナ』はもともと持ち物もあまりなかったし、ちゃんと片付けていたのだが、今はなんと言うか入室当初の綺麗さになっていた。
「……ラモンから聞いた、アイツに会ったんだって?」
 いきなり『レオナ』の方から話し始めた。
「え、ええ…会ったわ……あなたに瓜二つの『エイレミサキ』という女性を探してた」
 デローリスの皮肉に『レオナ』は笑った。
「エイレ、で良いよ……お察しの通り、そっちが本名だから」
「じゃあエイレ、単刀直入に聞くわ。
 本当はどういう関係なの?あの、『元彼』と呼んでいた男の事も、ラモンとの事も?」
 エイレは、動揺はしなかった。少し意外だったのか、デローリスの顔を少し眺めていた。それをちょっと居心地悪く感じてきた頃、ふいっとエイレは視線を放して語り始めた。
「関係も何も、前話したのと同じよ?
 ―最後まで言わせて。私は『元彼』に付きまとわれているし、ラモントは昔の付き合いだった。何かを勘繰っているみたいだけど、これらの事実は変わることがない……
 だから、私は明日にでもここを出ようと思う」
 このシェルターを出る?
「あなたにも迷惑をこれ以上かけたくないからね」
「め、迷惑だなんて……」
 おかしい。この雰囲気はおかしかった。
 本当ならデローリスの方から問い詰めるはずなのだ、ラモンとは本当はどれほどの仲なのか、追われている真相は何なのか。
 だけど、こんなしおらしく話してくれる事は予想していなかった。
「もう、これ以上あなたの人生に関わる事はないわ…ラモンのともね」
 どきっとした。自分の不安をドンピシャに言い当てられた。
 まるで、デローリスが2人の仲を疑っているのを分かっているようだった。疑いを持ってから初めて顔を合わせるのに…

「だから、ありがとうデローリス。
 あなたの為に、もう二度と会わない事を願うわ」







 自分の部屋に戻ってからデローリスはベッドに座りこみ、しばらく動けなかった。
 結局、何も説明されてなかったが、エイレはここを出るという。もうデローリスとも、ラモンともかかわりを持たないと言うのだから、これで良いのではと考えた。

 もちろん、彼女の言葉をそのまま信用したらの話だが…

 そのままドサッとベッドに倒れ、少し経ってから携帯の音が聞こえた。
 ラモンだ。
『ごめんな、こんな時間に…寝てたか?』
「ううん…まだ起きてたから大丈夫」
 そうか、とラモンは呟いた。それから無言が続き、意を決したようにラモンが言う。
『もう、俺はこの街にはいられない』
「え?」
『また2人、やられたんだ…他の皆も既に飛んだかこれから飛ぶみたいだ。しかも連中、強力な助っ人を見つけたみたいでさ。正直、たとえ飛んでも逃げ切れるか…
 だから……俺の事は忘れてくれ』


 ああ、そう。そう言う事なのね……


 そんな事言ったのかも知れない、ラモンが怪訝そうにデローリスの名を呼んでいた。
 それに大丈夫よ、と慈悲深く言ってからデローリスは携帯を切った。そして、床に放り投げた鞄から財布を取り出し、結局捨てきれずにいたカードを抜き取った。

 躊躇いは一瞬だけ。
 携帯に番号を入力し、5度目のコール音で相手が出た。低いバリトンの声が誰だ?と聞く。


「レストランのウエイトレス、と言えば分るかしら?

 ……少し、話したい事がありまして」





↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第二七話 『部下達』
 いやな予感が強くなった。



 隊長が不在の今、ネストルはユリウスに『お前が指揮を取れ』と無理難題を吹っかけたが、それでも何とかこなそうとする彼の性格を把握していたのだろう。今のユリウスは不安よりも責任感を強く感じていて、自分の命に代えても王女と隊は守らなければと信じている。
 そんなユリウスは今、やっと手に馴染んできた剣を片手に城の抜け道を駆け抜けていた。本来なら王家しか知らないはずの抜け道は、王女親衛隊だけは特別に教えてもらっている。
 ほとんどの隊員はその抜け道を使わないのだが、まだ隊に入って間もないジェネはそこを本拠としている。本来なら抜け道というのは人に知られちゃいけないので使い事を躊躇われるが、『斥候見習』のジェネには良い訓練場であるのだ。身軽ですばしっこいジェネは、薄い壁の反対側にある抜け道をほとんど音なく走り抜けられる。そうやって場内で不審な動きがないか知るのには良いが、どうもジェネは噂話の方が気になるようで、誰が誰と付き合っているだの、こいつら不倫しているだの、知りたくもない事を伝えてくれる。


 ユリウスはその抜け道の一つ、しかも場外へと続く地下にある道を走っていた。
 悪い予感がすると、ユリウスは遠慮なく隊長に報告し、それを一緒に確かめるという手順が出来上がっている。例え何も見つからなかったとしても、『もし』の可能性を否定してはいけないと隊長はいつもユリウスの事を信じてくれた。そんな隊長に報いりたくて、ユリウスは自分の感じた事を押さえつけなくなった。
 そして、先ほども嫌な予感がし、王女とサンディにネストルと合流しろと忠告してからユリウスはその予感の元の方へ走りだした。


 場外へと続く抜け道を初めて使うが、何の迷いもなく突き進む。どんどん走っていると、数人の怒鳴り声と足音が聞こえてきた。そしてその中に、まだ声変わりしていない幼い声があった。その声を聞いて、ユリウスはいささか腹が立った。


 あいつ、今度はどんなトラブルに巻き込まれたんだ?


 ユリウスは剣を鞘から抜き出し、走る勢いを殺さず声の元に近づく。そして避けるのに精いっぱいのジェネの白い頭が見え、そんな彼の頭上を何かきらりと光る物が見えた。ひやっとした物が背中を駆け上がり、ユリウスはジェネの前腕を掴んで自分の持っている剣を振り上げた。
 ガキンッ!と腕に振動が伝わったが、それを完全に受け止めるのではなく、横に受け流す。そして同時に相手に蹴りを入れる。相手がウッと呻くのが聞こえ、その後ジェネが尻もちをつく音が聞こえた。
「も、もっと優しく扱えよな!」
 そう叫ぶジェネに一喝したいユリウスではあったが、ここは我慢しなくてはと自分に言い聞かせる。
「そんな話は後だ!あいつ等は誰なんだ?」
「知らねーよ!変な音がしていると思って確かめに来たらあいつ等がいたんだ」
 なんだと?とユリウスは相手を見据えたら、そこには3人の男が立っていた。1人は先ほどユリウスが蹴ったので、少し前かがみになっていた。しかし、特徴といったら3人とも肌の色が浅黒かった。
 ああ、連合なんだとユリウスは気づいた。王国には、例え少し日焼けしている人がいても、この男たちほど浅黒い肌の人はいない。ネストルが、それは気温のせいだとかなんとか言っていたが、あまり良くは覚えていない。
 なんにせよ、相手は敵に間違いない。
「おい、なんかガキが増えたぞ?」と一人が言った。
「気にするな」と、もう一人が言う。「『赤獅子』は今、城内にはいないんだ、こんなガキがもう一人増えたところで問題はない」
 なぜ彼らが隊長がいないという事実を知っているのか、ユリウスは分からなかった。しかし、確かなのは一つ。彼らをこれ以上城に近づけてはいけない!


「愚弄するな!」とユリウスは吼える。

「今は俺が王女親衛隊、隊長代理だ!」











 アリスタウスはデローリスについて集まった資料に目を通していた。しかし、彼女の事をどんなに読もうが気になる点が見つからない。そろそろ飽きてきたと資料を放り投げようとしたら、ひとつ面白い事実が書かれてあるのが見えた。
 曰く、デローリスは元『ディエンテ・デ・ティブロン(サメの歯)』のメンバーだった男と付き合っているとの事。
 『サメの歯』と言えば、少し前までここら辺一帯を縄張りにしていたストリート・ギャングである。しかし、『サメの歯』はライバルグループに潰され、その上生き残っているメンバーをヘッド・ハンティングしている。
 面白い、とアリスタウスは思った。デローリスをつけて、結局なにも成果が出せなくても、うっぷんを晴らすネタが出来た。


 どうも、嫌なところで上司のマティアスと似ているアリスタウスである。











 グアテマラについて1週間、エイレが拉致されてから2週間たっていた。アレックスも不安を感じていない訳ではないが、エイレがいなくなった当初に比べればマシである。
 彼女のだいたいの居場所が予想できることもあるが、もうひとつ、アレックスは感じていた。王女親衛隊の一人、つまりジェネの存在だ。彼の存在が日に日に強くなっているのだが、エイレと同様なかなか見つけ出せないのだ。
 この事実にアレックスは一つの仮定を立てている。
 これまでの王女親衛隊は、記憶が戻っていないか、戻っていて自ら他の隊員を探し出したいという意欲があった。だから皆、結構あっけなく見つけ出せた。
 しかし、今はジェネどころかエイレもなかなか見つけ出せない。
 ジェネはもともと反抗的だったし、半ば強制的に隊に入れられたので戻りたくないと思っても仕方がない。でも、それならエイレは?
 普段なら彼女が皆と合流したくないと思うはずはない。でも、合流したいと思っているのなら、見つけ出すのにこんなに時間がかかるのもおかしい。つまり、何らかの理由でエイレは見つかりたくないと思っている。定期的にニーシャと電話で話し合った結果、そういう結論にたどり着いた。


 何でエイレが合流することを拒んでいるのかは分からない。隊長としてそれはありえない。

 だが、エイレとしては?



 ニーシャの考えた『1番最悪な出来事』があの電話の後、起こっていない事をアレックスは祈った。そして、どうか、彼女の近くにジェネがいる事も願った。











『王女のために命をはれる覚悟がない者が、一緒に着いてきても迷惑なだけ』


 隊長の言葉をラモンはずっと考えていた。
 あの時は何も言い返せず、黙ったまま彼女はその場を立ち去ってしまったのだが、もともと自分は戻りたいとは思っていない。
 ……少なくとも、そう思っていたはずだ。
 でも、隊長と過ごした日々、情報収集に駆け巡り回った1週間は、自分にとってはとても充実していた日々だった。本音を言ってしまえば、ギャングにいた頃よりも充実していた。



 でも、その事実に気づきたくなかった。
 それを認めちゃうと、『ラモン』としての人生を否定してしまうようで、嫌だった。でも、隊長の言葉で、なんで充実感が違うのか理解してしまった。


 王女親衛隊には使命がある。

 その使命感、そして目的。ギャング時代にはなかった事だ。
 それを鬱陶しく感じている自分は、確かにいる。でも、そのような日々に憧れている自分がいるのも否めない。



「やっぱり…」とラモンは独りごつ「なんだかんだ言って…俺は隊長を尊敬してるんだよな……」




 そうでなければ、ここまで傷つく事はないはずなんだ。





↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第二六話 『覚悟』
 リアンダーはマティアスと闘っていた。

 剣がぶつかり、刃が滑る。切っ先が自分の体を貫く前に剣の向きを変え、体も少しひねる。そうすると相手も慌てて体制を整え、隙を見せないようにする。そのまま勢いを殺さないため、お互いクルンとその場で回り、振り向き様に一撃を繰り出す。

 剣は今度、弾き飛ぶ。

 お互い体力も腕力も互角だ。なかなか勝負がつかない。



 なのに、突然、自分の方が力押しされる。

 地面に背から叩き付けられ、起き上がろうとするといきなり首が絞められた。

 息苦しさの中で、おかしい、と思った。

 なぜこの手を振りほどけない?




 突然、女性の呻きが聞こえた。

 良く知っていて、とても身近な声色……


 自分の、エイレの声色。




「ずいぶん、弱っちくなったなリアンダー……残念だ」


 マティアスがそう言うと、首の圧力が強まり――







 ――そこで目が覚める。

 本当に首を絞められていた訳でもないのに、呼吸が乱れていた。そして同時に、胸をこみ上げるものを感じ、急いでシンクに飛びついた。

 最近ずっとこの調子だ。
 夢の中では昔の自分とマティアスが戦っていて、自分だけが徐々に今の、エイレの姿になる。そして、自分は負け、マティアスが失望し、私は…

「……チクショウ…っ!」
 口を手の甲で拭いながら、エイレは涙を流した。









 デローリスはレオナ――いや、エイレミサキと呼んだ方がいいのだろうか?――の部屋をノックしようとしたら、中からわずかに嗚咽が聞こえた。
 偽名の事、ラモンとの関係の事、そして元彼の事をきちんと聞きたかったのに、泣かれてしまうとそれを聞く自分の決心が揺らぐ。なんで泣いているのかは分からない。そしてデローリスも泣いている相手を質問攻めできるほど無神経でもない。
 仕方なく、ノックしようと揚げていた手を下げ、仕事用のカバンを持ち直し階段を下りた。
 夕方、仕事から帰ってきたら『レオナ』は既に寝ていた。毎日何をしているのかは分からないが、いつもやつれて帰ってくると他の人たちから聞いている。そして、『レオナ』が遅くまで帰らない時は、丁度デローリスがラモンと会ってない日と重なる。
 それがどう意味するかは、あまり深く考えたくない。しかし、いつまでも真相を恐れて何も聞かないままでいては駄目だと、今日覚悟を決めたのだが…



 泣かれては、せっかくの決心も、鈍る。













「出てきましたよ、アリスタウスさん」
 そう呼ばれた色黒の男は顔をあげた。古臭い建物から、上司に言われつけているウエイトレスが出てきた。名前はデローリス。下町のレストランに働いていて、父親からの暴力に耐えきれずDVシェルターに身を寄せている。
 王女親衛隊とは何の関わりもないように感じるが、上司であり自分が心から崇拝しているマティアスの言葉を疑う事はない。それに、もしこれで何も分からなかったとしても、特に問題にはならない。
 『赤獅子』は王女を見つけるまで、泳がせておくのが一番だと彼もまた理解しているのだ。理由は簡単、自分達では王女を見かけたとしてもその人が彼女だと気付かないからだ。前から認識があった者同士なら、今の姿が変わったとしても大丈夫だが、片方が相手の事を知らなかったらそのまますれ違ってしまうのだ。
 たとえば自分の場合、マティアス直属の部下なら分かるのだが、これがタナトスあたりの部下だと面識が全くない。だから道でタナトスの部下に会ったとしても、相手が仲間なんだと気付かないのだ。
 この問題を皆は最初、さほど気にしてはいなかった。その理由は、皆の姿にある。『ゼーレン・ヴァンデルング』をくぐった前と後とでは見た目がほとんど変わっていないから、たとえ相手が自分の事を知らなくても見た目で分かると考えていたのだ。
 しかし、『赤獅子』の登場でその考えが浅はかだったと理解した。
 どう逆さに見たって、今の『赤獅子』の姿は昔とは似ても似つかないのだ。だから、女王も昔と姿が違っている可能性が高い。そうなると、自分達の歩が一気に悪くなる。
 それなら、親衛隊の奴らに王女を見つけさせる方が一番いいのだ。


 しかし、とアリスタウスはデローリスをつけながら考えた、このウエイトレスはどう関係しているのだろうか?まさか実は親衛隊の一人という事はないと思うが、自分もマティアスも親衛隊5人全員を見知っている訳ではない。
 特に自分は認識できる奴と言ったら2人しかいない。



 一度だけ対峙した事のある、あの『子獅子』と『白ネズミ』だけである。












 昼過ぎに、エイレはまた『GENE』から手紙をもらい、指定の場所に足を運んだ。そして、着いてそうそう「『レオナ』は偽名なのか?」とラモンに聞かれた。
 吃驚していると、ラモンは構わず続けて言った。
「昨日デローリスから電話があって、アンタの事を聞かれたんだ。『エイレミサキ』って本名なのか?」
 怒っている、というよりはイラついている様子だ。多分、なぜ彼にウソをついたのか非難されるのだろけど、そのせいで彼は大きな問題を忘れているみたいだ。
「……御前映礼…確かに私の名前よ」
「なんだよ…っ!デローリスの言う通り、マジで偽名を使っていたのか……
 何でおれにそう言わなかったんだよ!」
 しかし、そういきり立つラモンに、エイレはゆっくりと落ち着いた声で言った。


「敵を欺くには味方から、でしょ?」


 なんともない言葉なのに、ラモンは何故か背筋が凍る思いをした。
 隊長は別に、冷たく言い放ったわけではない。ただ、信じられないほど冷静に言ってのけたのだ。
 それが何故か、とてつもなく怖く感じた…


「ラモン」と隊長が声をかける。「デローリスは、どこからその名前を知ったの?」
 何でそんな事を聞くのかと問い返す前に、ラモンは初めて事の重大さを知った。


 つまり、マティアスが近くにいるって事だ!


「つまり、私もこの町から出て行った方が良いわね…ここに留まってちゃ、見つかるのは時間の問題だから…」
 え?とラモンは吃驚した。
「ちょ、こんなに早くかよ!俺は何の準備も――」
「何を勘違いしてるの?」
 今度こそ、隊長は冷たく言った。
「あなたはこのまま残るんでしょ?」



 記憶が戻っても他の隊員を探そうとしなかったラモンは、今の人生が良いと言っている。そこから引き離すのは忍びないとエイレは考えている。
 しかし、言葉として出てくるのは、冷たいとも感じる程、冷静な王女親衛隊隊長『赤獅子』リアンダーの言葉だ。




「王女のために命をはれる覚悟がない者が、一緒に着いてきても迷惑なだけよ…」





↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第二五話 『1%の嘘』
「…名前は知りませんが、その子に似ている人なら見かけました」
 デローリスの言葉に、男は片眉をあげた。
「1週間ほど前、ここに食べに来たのを覚えています。あそこの席に座られていました」
 指差した席を男が一瞥した。
「良く、覚えているな?」
「あんな若い子がここに一人で来るの珍しいし、頬に痣ができてたんで目についたんです……その子が何か?」


 良い嘘というのは、99%の真実に1%だけの嘘を紛れ込ませるものだとラモンに教えられた。デローリス自身、少々面倒くさい事態に巻き込まれた時その方法を使い、全く疑われずに済んだので良い方法だと認識している。
 今目の前にいる男、長身で筋肉質の30代半ば、黒髪、そして強面のハンサム。こいつがラモンの言っていたレオナの「元彼」なんだろう…想像していたよりも色男で吃驚したが。
 ラモンには見かけたらすぐ逃げろとは言われたものの、この状況で逃げる方がおかしい。シェルターの事自体が秘密なので、それ以外は素直に言えばこれ以上関わらないのではないかと、デローリスは考えた。


「いやな?」と男は写真を懐にしまいながら言った。「ちょっと事件に巻き込まれていてな、有力な情報を握っているんだ」
 事件、とデローリスが復唱すると男は「ああ」と頷いた。
「で、見かけたというが話はしなかったのか?どっから来たとか、どこへ行くとか」
「……少し、話はしました。でも、他人の事情に首を突っ込む余裕は私にないですし、軽い世間話程度でした。どこへ行ったかなんて、全く見当もつきません」
 そうか、と男は少し考え込んだ。
 デローリスはというと、何とかへたり込まない様に頑張っているが、そろそろ限界が近付いてきた。男はなぜか話す時、いちいち顔を近づけてくるのだ。そのため呟くような低い声が耳をくすぐり、睦言のようだと変な意識をしてしまう。
「もしも」と男はいきなりカードを取り出して言った「この女の事で何か思い出したらいつでも電話してくれ」
 もう首を縦に振るのが限界のデローリスであった。




 マティアスはレストランを出ると、近くに待機していた部下が近くまで寄って来た。
「どうでしたか?」
「『赤獅子』が居た事は確かだな…ウエイトレスは見かけたが、それ以上は何も知らないんだとさ」
 懐から今度は煙草を取り出して、火をつけ一度大きく吸い込んだ。
「だが、なんか臭いな」
「何がですか?」
 あの女、とマティアスは言った。
「妙に早口で、俺の質問に前もって身構えているようだった…
 嘘をついて何のメリットがあるか分からないが、何かを隠していそうだから2人あのウエイトレスをつけさせろ」
 は!と部下は返事をした。
「マティアス様はどうなさるのですか?」
 ああ、とマティアスはダルそうに言った。今横にいる部下はどちらかというと優秀な方なので、気兼ねなく愚痴を言える。
「俺にしてみれば、このまま逃がしてもいいんだけどな?ただタナトスが『「赤獅子」と話がしたい』と言ってきかないんだ。向こうも王女を見つけてないし、このまま泳がせた方が良いと俺は言ったんだけどなぁ…
 まぁ、そんな訳でいたらいたで捕まえる。それでいい」
 俺は他の奴らを連れて違う町に行く、と付け加えた。
「では、マティアス様が良いと言うまで現状報告を続けます」
 生真面目にいう部下に、マティアスはクツクツと笑った。優秀な部下は嫌いじゃないぞ?と顔を近づけて言うマティアスだが、いろいろと困るのでやめて欲しいと部下は思った。







 『エイレミサキ』
 あの男はレオナの事を確かにそう呼んでいた。まぁ、状況が状況だし偽名を使っている事は珍しい事でもないし気にはしない。しかし、そうなると問題なのがラモンの反応。
 彼はレオナの親戚だ。例えどんなに遠い親戚でも顔を覚えていれば名
前も知っているはずだ。少なくても『レオナ』と『エイレミサキ』は間違えるはずはない。
 まぁ…確かにラモンはとっさの出来事に対応するのはうまいから、ただそれだけの事かも知れない……でも、もし違っていたら?
 その疑問がデローリスの頭に午前中ずっと付きまとっていた。

 一度湧いてしまった疑心は、なかなか消える事はないのだ。

 居ても立っていられず、店長の目を盗んでラモンに電話をかけてみるもののなかなか繋がらない。徐々に怒りが蓄積され、やっと繋がった時にはおもいっきし怒鳴りつけていた。
「今までどこに行ってたのよ?こっちは何度も電話してるのよ、何で出てくれなかったの?」
『ちょ、まて、何があった?』
「何があった?じゃないわよ!あの子の元彼が来たの、彼女を探しに」
『え、マジかそれ?』
 自分の怒りの理由より、レオナの事に興味を示したのに頭に来たデローリス。
「ええそうよ!あの子を探しに来たのよ、『エイレミサキ』をね!」
『え?エイ、なんだって?』
 ラモンの驚きように、かえって笑いが出てきたデローリス。

「やっぱり…思った通りじゃない……
 レオナなんて、そんな偽名…しかも事件に巻き込まれているなんて。
 親戚でもないくせに、何でそんなウソをつくの?あの子とはどういう関係なのよ?『ジーン』も…なんであんたも偽名を使ってあの子と連絡を取り合っているのよ?


 なんで、私に何も言ってくれないの?」





 思わず泣き出すデローリスに、ラモンはしばらく無言だった。
『……デローリス、一つだけ教えてくれ。お前はあの男に何も言ってないよな?』
「言わないわよ!…馬鹿にしないで」
『してないさ……俺は、お前を信用しているからな』
 今更と吐き捨てたいデローリスだが、その前にラモンが話を続けた。
『あの男、レオナの元彼はどんな手を使ってもアイツを探し出そうとするんだ…だからあの男の言葉に耳を傾けず、信じるな。
 …確かに、俺は本当の事を全部言ってなかった。最後まで言わせてくれ!言ってなかったけど、それはお前をこれ以上巻き込みたくないからなんだ。だから、もうちょっと待ってくれ。
 終わったら、ちゃんと説明するから……な?』




 デローリスはその後なんて返事をしたか覚えていなかった。たぶん、うん、とか、分った、とか何のひねりもない言葉を言ったんだろう。でも、デローリスの心は全然スッキリなどしていなかった。
 ラモンの話と、レオナの元彼の話はあまりにも食い違いすぎていた。そのため、何が本当で何が嘘か、全く分からない。


 本当に、嘘は1%だけなの?





↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第二四話 『疑心』
 初日は純粋に哀れんだ。

 3日目で少し疑問を抱く。

 そして、確実におかしいと感じたのが5日目。









 レオナがデローリスと出会ったのが、今日から6日前になる。自分と似たような境遇の彼女を哀れんだのは本当だし、彼氏に殴られたと言う彼女の話が嘘だとは思っていない。
 それでも、デローリスは疑心を掻き立てられていた。

 レオナの話にではない、ラモンとの関係にだ。

 ラモンのはとこだかそのまたいとこだと言っていたし、日系人の2世や3世が多い事もあって普通に受け入れたのだが、3日目で少し疑い始めた。理由はロサからの情報だ。
 どもり癖のあるロサは、来るはずのない旦那からの手紙を毎日待っている。酷い虐待にあったにもかかわらず、そして自ら出て行ったのにもかかわらず、いつかよりが戻せるのではないかとロサは思っているようだ。デローリスに言わせてみれば、彼女はただ単に依存する相手が必要だけなのだ。
 ともかく、彼女は毎日朝早く起きて郵便を一番に受け取っている。誰にも旦那からの手紙を見せたくないのか、それとも貰った自分の表情を見せたくないのか、それは分からない。しかし、そんな事をしているせいか、妙に噂話が好きなのだ。
「ね、ねぇデローリ…デローリス?」
 正直うざったく感じるどもり声だが、デローリスは営業用の笑顔を貼り付けながらロサの話を聞く。
「あ、あの…レオナって子ね?き、今日もおな、同じ人からて…手紙がきてた……の」
「あら、本当に?」と、軽くあしらおうと思っていたら、つっかえながらロサは説明した。
 曰く、彼女が来た次の日から2日続けて手紙が届いていると。その差出人は『GENE』としか書いてなくて、住所もなければ切手もない。一体誰から手紙を貰っているのでしょうね?





 別にレオナが誰から手紙を貰ってもデローリスには関係ない事だ。ロサがない所からも煙を立たせるのが好きだと知っているのだが、疑問を一度感じてしまったからには、追求しない時が済まなくなっている。
 名前だけの手紙の差出人は、つまりレオナが何処に居るか知っている人物となる。そうなると差出人は彼女ととても親しい人物の可能性が高いのだが、レオナはそんな人物の事を一度も話したことがない。いや、話さなくても良いのだが、そういう雰囲気すら匂わせないのはやっぱりおかしい。
 だから、ラモンにその事を話してみた。
「この近くにレオナのお友達っているの?」
「そりゃいないだろ、あいつは故郷の町から逃げ出してきたんだから」
 妙に自信満々なのが変だ。
「でも、分からないわよ?学生時代で引っ越してしまった友人とか、就職のため都会に出てきた友人とかいるかも知れないでしょ?」
「まぁ、それはあるかも知れないな」と、やけにあっさり頷く「何せ、この前再会したばかりで、あいつの事情そこまで知っているわけじゃないからな」
 腑に落ちないと顔に出ていたのか、ラモンは「大丈夫、俺を信じろ」と励ましてくれたのだが……それでも納得できなかった。
 それはデローリスの女の勘が働いていた証拠だ。



 それからデローリスは、何とかレオナの口から情報を入手したかったが、思っていた以上に彼女の口は堅かった。いや、堅くは無いのだが、はぐらし方が上手いのだ。
 例えば、偶然を装ってロサから例の『GENE』からの手紙を預かり、レオナに「あ、そういえばこんなのが来てたわよ」と差し出してみる。これで少しでも動揺したら何か分かると思ったが、予想に反してレオナは感謝の意を述べるだけだった。だからもう一歩踏み込んでみた。
「それ、切手がついてなかったけど…もしかして近くに知り合いでもいるの?」
「知り合い…なのかな?元彼から逃げ出した時、この町でお世話になったホームレスなんだけど、どうやってか私の居場所を知っちゃっているのよね……心配しているだけみたいだから、あまり気にしてないけど」
 他の皆には出来れば秘密にしてね、と首を傾げながら言われたものだからその時は納得してしまったのだが、後から考えてみれば胡散臭いこの上ない。
 そんな親切で奇特なホームレスが存在するものか。それに、本当にそのようなホームレスがいるのなら、毎朝手紙を待っているロサの目に止まるはずだ。
 なんだか訳が分からなくなってきたので、4日目にラモンと話しあいたかったのだが、その日は一日中どこかに出かけていた。
 そして5日目、朝早くラモンから電話がかかってきて、昨日合えなかったお詫びと今日の待ち合わせを決めた。電話一本で機嫌が良くなる自分もげんきんだなぁと思うが、嬉しいものは嬉しい。ぎしぎし音の立てる階段を下りてキッチンに向かってみるとロサが珍しくテーブルに座っていた。
「きょ、今日も来てた」とデローリスを見るなり彼女は言う。「れ、例のジ…『GENE』から……き、き、昨日、は、来てな、なかったのに」
 言い終えてから、何故かニヤニヤ笑いながらロサは部屋へと戻っていった。意味が分からずとりあえず朝ごはんを作っていると、食器棚の透明なガラスに外の景色が反射されているのに気がついた。
 吃驚してバッと後ろを振り向くと、キッチンには窓が2つある。まさかと思い、試しにキッチンの電気を消して、もう一度食器棚のガラスを見てみたら、もう少しはっきり外の様子が分かる。鏡ほどではないにしろ、ガラスにだって光を反射する事が出来る。そうしてピンと来た。
 ロサはレオナへ手紙を送っている人物を見たのだ!
 でもそれなら、何故彼女はデローリスにニヤニヤしながら笑っていたのか……


 1つ、思いついた。

 でも、それを確かめるのが怖い…確かめたくもない!



 その夕方、デローリスはラモンと会った。
 いつもなら楽しいはずのデートが、今日はまったく楽しめなかった。
 明らかに元気がないデローリスだったが、ラモンは気づいてないようだった。いつものように、いやいつも以上に楽しく振舞う彼が、初めて憎らしいとも思った。
 問い質したかった、レオナって本当に親戚なのか?
 問い詰めたかった、レオナとはどういう関係なのか?
 ラモンには信じろと言われたし、信じたかった。でも、出来始めた疑心は膨らむばかりで、押さえ切れなくなってきた。その後、デローリスは適当に理由をつけてシェルターに帰った。そして、ドアをバタンと閉め、ベッドにどさりと倒れ1人で泣いた。













 そして今日が6日目。

 レオナとは顔を合わせる気力もなく、デローリスはいつもより早く仕事に出た。オーナーも吃驚していたようだが、給料は上乗せしないと忠告しただけでそれ以上何も言わなかった。愛想の無い嫌な上司ではあるが、こういう時はかえって何も聞いてくれないほうが気楽である。
 お客もまだ少ないので、いつもならやらない掃除を少ししようと奥からモップを取りに良く。しかし、モップは長い間使ってなかったので、掃除用品の入っているロッカーにクモの巣が3つあった。いつかはとうる道だと自分に言い聞かせ、クモの巣を取り除き、掃除用品も軽く汚れを引き取ってやっと店に戻ったらオーナーが誰かと話しこんでいた。


 長身の男で、ジャケットの上からでも分かる筋肉質。漆黒の髪の毛は緩やかなカーブを描いていて、ひげも綺麗に切りそろえている。でっぷり太って頭が薄くなっているオーナーとは正反対の容貌だ。
 思わず眺めていると突然オーナーに呼ばれる。
「おいデローリス!おまぁ、この女知ってなかったか?」
 え、と思って近寄ると、そこにはレオナが写っている写真が!
 盗み撮りしたのか、レオナは明後日の方を向いていた。顔に傷がないのだけではない、周りの景色がおかしかった。どうみてもグアテマラの町並みではないし、看板は英語で書かれている。
 この写真は何処で手に入れたのか男に聞くために顔を上げると、デローリスは思わず息を飲んだ。


 もうそんな年でもないのに、まるで女子学生のように赤面してしまうほど、男はかっこよかった。いや、色っぽくさえある。


 そんな男に目を見つめられるデローリスは、そのままへたり込まないように体をテーブルで支えていた。それを知ってか知らずか、男はいきなり顔を寄せ、低いバリトンで聞いた。







「この女…エイレ・ミサキの居場所、知ってるな?」





↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第二三話 『ラモンの事情』
 ジェネの頃の記憶が戻ったのは、実はだいぶ前の事で、ラモンがいたギャングがまだ分散していない頃である。
 バーでプールを仲間と楽しんでいた時、玉の狙いを定めていると後ろから昔の言語が聞こえた。あまりにも吃驚したので狙いが外れてしまったが、そのまま大声で毒づくと後ろの声は一瞬止むだけで、何もなかったかの様に話を続けた。
 自分の順番がまたまわってくるまで時間があったから、ラモンはその人たちの会話に耳を傾けた。なぜこんな聞いた事もない言語を知っているのかが気になったが、少しずつ記憶が鮮明になっていった。そして、後ろの奴等が所謂、王女親衛隊の敵である事が分かった。
 誰も彼らの話を聞いていない―いや、この場合理解できない方があっているだろう―と思っているからか、実にいろんな事をベラベラ喋ってくれた。仲間や上司の愚痴、今彼らの面している問題点、そして基地の居場所。それらの重要点だけを、ラモンはしっかりと覚えている。


・敵のトップにいる名前:タナトス、カト、マティアス

・問題点:思っていたよりも探す土地が広く、人手が足りない

・基地:グアテマラシティから車で3時間離れている所


 これらの事を覚えているのは、彼が元から記憶力が必要な仕事をしているからである。
 ギャングにいた頃のラモンは、どちらかというと裏方な仕事が多かった。もうちょっとましな地域に産まれてきていたのなら、彼は探偵になっていたのかも知れない。それほどラモンの情報収集力は凄まじかったのである。
 人目につきやすい姿をしていたジェネの武器はその小さな体とすばしっこさだった。逆にいえば、そこを強化させなければ彼は生き残れなかったのだ。他のストリート・チルドレンは、捕まりそうになっても、人ごみに紛れてしまえば知らん顔で歩いていれば逃げ延びられるが、ジェネでは通用しない作戦だ。
 それでジェネはターゲットの財布をすってから3歩まってから走り出すようになるのだが、勘の良いユリウスには通用しなかった悔しい記憶が残っている。
 しかし、ラモンとなった今ではそんな真似をしなくても良かった。彼にはちゃんとした家族がいたし(ギャングに入った時、勘当されたが)髪や目の色は周りの人と何の変わりもない。それに、スリをしなくても生活できるのだ。
 ジェネもラモンも、所謂「裏の世界」に住んでいるのだが、それしか生きる方法がなかったジェネに対して、ラモンは自らその道を選んだ。だからこそ、彼は昔の記憶を『厄介なものが帰ってきた』と表現したのだ。今がどんな状況であれ、ラモンは自分で選んだ人生を歩んでいるプライドがあるからだ。



 だからラモンは昔の仲間を探そうともしなかった。
 もともと王女にはそんなに思い入れがなかったし、半ば強制的に親衛隊に入らせられたのだ。そして今から思い返してみると、あの時ジェネはリアンダーの気まぐれで入れられたようなものだ。彼一人が抜けても、何の問題はないだろう。




 そう思っていたのに、彼がいたギャングが分散してしまった。理由はトップが無くなった後の世代引き継ぎが上手くいかない時に敵対グループが攻めてきてしまったためである。
 さらに話を拗らせるのが、世代引き続きの候補の一人が敵対グループのトップの女を寝とった…と聞こえは良いが、つまりはレイプしたのだ。そのせいで女は自殺をし、怒り狂った敵対グループのトップはその候補だけでは怒りが収まらないと、ラモンのいるギャングを完璧に潰すことを生きがいとしている。
 それで分散したのだが、どうも奴はギャングの一員だった人すべてを無きものにしないと気がすまないようだ。何10人もいたギャングのメンバーは、今ではラモンを入れて10人以下。
 それでも、ラモンは王女親衛隊に戻ろうとは思っていない。ギャング時代の仲間が残っている限り、そしてデローリスがいる限りその考えは揺らがない。


 しかし、そうは言ったものの、ラモンは別に隊長を嫌っている訳ではなかった。むしろ、尊敬、そして恩を感じていた。
 気まぐれであれ、リアンダーはジェネを「裏の世界」から救い出したのは変わらないし、人の温もりを教えてくれた。アレやれコレやれと口うるさかったが、ジェネの意見は尊重したし、言いたい事はちゃんと聞いていた。
 だからラモンは今の隊長の手助けを惜しまない。
 女になってしまったことには少々驚いたが、やはりと言うべきか、全体の雰囲気が変わっていなかった。それにどこかほっとしている自分がいる事は、隊長には秘密だ。










 隊長はすでに集合場所にいた。服装はこの前会った時と同じだったが、綺麗に洗ってあるのがすぐ分かった。シャワーも浴び、見た目を整えたせいで、一瞬違う人じゃないかと思ってしまった。
 だが、そう思ってしまうって事は、隊長はかなり酷い状況に置かれていた証拠という事だ。
 その考えを、しかし、ラモンは頭から追い出そうと頑張った。隊長のそのような状況を思い浮かべると、何か自分の中で大切な物が崩れ落ちそうになるからだ…
「よう」と呼びかけると隊長は振り向いた。頬と顎の境目にある白い包帯が目に付いた。
「とりあえず、必要だと思う物を持って来たぜ?」と、隊長からの忠告を聞きスペイン語で話す。「古着を数枚と特殊メイクセット…金は後で返してもらえば良いさ」
 袋を渡すと隊長はお礼を言った。
「思ったんだけどよ、かつらとかはいらないのか?もしくは髪の毛を染める液とかさ?」
「そんなのをつける方がかえって不自然よ?」と隊長は微笑んだ「お金をかければ良い物が手に入るけど、今の私には資金がないし、ラモンにこれ以上負担をかけたくないからね」
 優しい物腰に少し戸惑っていると、隊長はベリッと包帯を外した。
 女の顔に打撲跡は見たくもない光景である。しかもこの傷をつけたのがあのマティアスなのだ。隊長はどんな姿になっても隊長だが、その姿が女や子供であっても容赦がないようで、身が震えあがりそうになる。
 ラモンは知っている、道徳のない人がどれ程恐ろしい事が出来るのかを…
「ラモン?」
 名を呼ばれてはっとした。そして顔をあげると、打撲跡がほとんど見えなくなっていた。腫れがまだ少しあるから完璧に隠せたわけではないが、知らない人が見たらそこに傷があるとは夢にも思わないだろう。
 上手いもんだな、と褒めると、大学時代に演劇の裏方をやっていたからねと隊長は言った。
「……なぁ、隊長?」
「ん?」
「タナトスとカト…って知ってるか?」
 記憶が戻った時に聞いた名前である。マティアスはリアンダーの好敵手でもあったから名は知っていたが、他の2人は良く知らなかった。だから聞いたのだが、意外な事に隊長は曖昧な返事しかくれなかった。
「タナトスとカト……名前しか知らないわ…
 王女を奪取する為に結成されたグループのトップ1と2よ」
「え、マティアスがトップじゃないのかよ?」本気で驚くラモン。
「マティアスはリーダーに向かないからね」と笑う隊長。「タナトスとカトの事は、ニーシャ…あ、ネストルの事ね、の方が分かっていると思うから、彼女に会えたら聞いてみる方がいいかもね」
 『会ったら』と言わないところに、隊長なりの遠慮が感じられた。



 用事も済んだのでラモンが先に帰ろうとすると、隊長が名を呼ぶのが聞こえた。何だ?と言いたげに振り向いてみると隊長は真剣な顔で言った。
「デローリスをちゃんと見張ってなさい」
 驚きのあまり声を失っていたら、隊長は続けて言った。
「彼女は何も知らないから、知らぬうちに情報を漏らしてしまう可能性がある。あなたも彼女の事を大事に思うのなら、事情を話すか、あの人が口を滑らせないよう見ていた方が良いわよ」
 大事なら見張っておけと、何とも矛盾している言葉にカッとした。
「そんな事をしなくても、アイツは絶対に俺を裏切らない。アンタが言ったから許すが、他の人だったら殴るところだ!」
 そして、大股でその場を退散した。




 その場に取り残されたエイレは悲しそうな表情をしていた。そしてぼそっと言った。


「私も、マティアスは絶対裏切らないと思ってたんだけどね…」




↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第二二話 『ここからが勝負』
 あまり眠れなかった気がする。
 薄明るくなる部屋の天井を見上げながらエイレは思った。やはり、どこかで緊張が抜け切れていないのだと分かる。
 不意に腹の虫が鳴き、遅れて空腹感が襲ってきた。
 少々早いが、朝ごはんを食べようと起き上がることにした。


 シェルターは、言うならば、大学の時お世話になった寮と似ていた。2階から上がそれぞれの寝室とシャワー部屋となっていて、1階はキッチンとダイニング、リビングそしてランドリー。ちなみにエイレはデローリスと同じ3階の階段脇という騒々しい部屋を貰ったが、空きがあっただけでありがたいので文句は言わなかった。
 足音を立てないよう静かに階段を降りようとしても、造りは古いのでどうしてもギシギシ音を立ててしまう。それでも何とか1階に下りると、先客がいた。35歳位の女性で、長い髪で顔を覆い隠していた。
 静かに「Buenos Dias」と言うと、その人ははっとしたように手に持っていたコップを落としてしまった。幸いに、コップはプラスチック製だったし、中身がほとんど入ってなかったので大惨事は免れた。
「あ、あ、あな、た…だ、だ、だ、誰?」
 どもりながら言う女性はやつれていた。安心させるべく、エイレは優しく微笑みながら自己紹介をした。
「私はレオナ、デローリスに此処を紹介されて昨日来たばかりなの。脅かしてごめんなさい」
 それで女性の緊張は解けたようだった。
「い、良いのよ?わた…私たちは同じきょ、境遇なんで、すもの」
 どうやら女性のどもりは恐怖から来ていたものではないらしい。
 彼女はロサと名乗り、キッチンに何があるかひとしきり教えてもらってからまた黙って新しく入れたコーヒーを啜った。皆、何かしら不幸があって入って来たのだから、あえて何も聞かないのが美徳だろうとエイレは判断しそのまま黙っていた。
 すると、ガタンと何かが開き、そしてまた閉まる音がした。何だろうと考えつく前に、ロサは突然玄関の方へ走りだした。気になってキッチンの扉から顔だけ覗かせるとロサが床に落ちていた手紙を拾い上げ、何かを探すように宛名をじっと見ていた。
 だが、探していたものは見つからなかったらしく、安心とも落胆とも取れるため息を漏らした。彼女が顔をあげる前にエイレはキッチンに退却し、何も見ていなかった様にふるまった。
「手紙、き、来てた」
 入って来るなり、ロサはそう言って『レオナへ』と書かれた手紙を渡し、コーヒーカップを食器洗い機に詰め込んでから寝室に戻った。
 少し吃驚する行動だが、このシェルターにいる人たちは皆、何か問題を抱えているのだ。彼女には彼女なりの事情があるのだし、まだここのルールを把握していないのでとりあえずそっとしておくのが一番だろうとエイレは判断した。
 『レオナへ』と書かれた手紙の差出人は『Gene』となっていた。少し考えてから、ラモンからだと理解できた。『ラモン』はどう考えても男性の名前で、『彼氏の暴力から逃げてきたレオナ』に男からの手紙が来るのはおかしい。それに、『Gene』ジェネともジーンとも読めるうえ、男女の判断が出来ない。それでもエイレには一発で誰から来たのか分かるから、ラモンの判断は良い。
 早速手紙を開けてみると、お世辞でもキレイとは言い難い字で待ち合わせ場所と時間が書かれてあった。現時刻を確かめようとして左腕を持ち上げるが、エイレは傷ついただけ。
 母の大切な友人、そしてエイレの名付け親から貰った時計はマティアス等が持っているのだ。たかだか腕時計ではあるものの、エイレにしてみれば父親に一番近かった人から貰った大切な思い出の品なのだ。
 落ち込む気持ちを振り切り、エイレは壁にかかっている時計を見て自分の服を洗濯そして乾燥させる時間はあるなと判断し、3階にある部屋へそっと駆け上がった。








 ラ・アウロラ国際空港にアレックスは問題なく到着した。ヨーロッパ連合の一つであるドイツ出身だったため、ビザ無しでも国に入れたのはありがたかった。そのかわり、90日というタイムリミットがある。
 しかし、アレックスはエイレを見つけるのにそんなに時間がかかるとは思っていない。せいぜい2週間、時間がかかったとしても1ヶ月で彼女は見つかる確信があった。
 この考えこそが彼の持つ第6感の力なのだが、アレックスは未だにそれを信じていない。だが、自分の考えはどうでもいいのだとアレックスは開き直った。自分の勘が冴える時は、信じてくれる他人がいる時なのだ。ユリウスには隊長リアンダーがいた。そして、今の自分にはエイレがいる。
 彼女のためなら俺は――


 ピリリリリリリリリリリ


 突然携帯が鳴り、アレックスは慌てて出る。
「もしもし?」
『アレックス?こっちはデイビッド。今更だけど新しい携帯に買い替えるか、新しいSIMカードを買って』
 少し高めの声で言われれば誰だって困惑するだろうとアレックスは眉をひそめた。
「なんでまた?」
『いいから言うとおりにして、買い替えた後に教えるからさ。じゃ、君の方から電話待ってるよ!少々高くっても良いから、ちゃんとしたヤツ買うんだよ!』
 そして、かけ直すための番号を教えてもらい、デイビットからの電話は切れた。



 『ちゃんとした』携帯電話とはきっと、路上で安く売られている品には手を出すなという事なんだろうとアレックスは判断し、グアテマラシティの携帯大型店でちょっと欲しかった新型の携帯があったので、それを買った。
 特に理由も言わず買換えさせられたので、これぐらいは許されるよなと勝手な事を思った。早速かけ直す。
『もしもし?』
 ニーシャの声だった。
「アレックスだ。デイビットに携帯を買い換えろと言われたんだが、いったい何があったんだ?」
『何もないけど、用心にこした事はないからね……買い替えたというから、昔の携帯はまだあるって事ね?電源はまだ入っていたら今すぐ消して』
 ますます訳が分からなくなったが、とりあえず言うとおりに昔の携帯の電源を切る。そのことを伝えるとニーシャは『これで余計な心配はなくなるわね』と意味深な事を言う。
『考えてみれば当たり前のことなの』と、ニーシャは説明した。『こっちがエイレの携帯を追跡できるように、向こうも私たちの携帯を追跡できるでしょ?しかも、エイレの携帯には私たちの番号が入っているから、向こう側に私たちの居場所を一気に教える事となっちゃたのよ』
 アレックスは息を飲み込んだ。そうだ、確かにその通りなのだ、自分がスタントの仕事をした映画でも、そういうシーンがあったじゃないかと、自分に呆れてしまう。
『本当は今すぐにでも携帯を売って欲しいところなんだけど、登録してある電話番号があるでしょうし、それをすべて新しい方に移してから情報を違う内容で上書きをしてから消去して』
「何でまたその面倒臭い方法で消去するんだ?」
『これはデイビットからの話だけど、携帯もコンピューターみたいに消去した情報を復元させられるらしいの。本当に消したい情報は違う内容で上書きするのがベストなんだってさ』
 へぇと感心するアレックス。確かに面倒臭いが、相手はすでにエイレの個人情報を握っているのだ、それ以上情報が漏れられるのは勘弁したいのは確かだ。
「分かった、そうした後にすぐ携帯を売るさ」
『思ってたよりもあっさりね』
 心なしか、ニーシャは呆れているようだった。
「どうせプリペイドだ、損は無いだろ」
 そういう意味じゃないんだけどね、とニーシャは呟いたが、まぁいいか、と気を取り直して真剣な声で言った。


『とにかく、ここからが勝負よ。
 相手は何人いるか分からないが、マティアスは確実にいるんだから気をつけて。奴との衝突は何が何でも避ける事。私たちはまず、隊長を見つけ、そして王女を守るという使命があるんだから。
 私とデイビットも出来るだけ早く合流するから…無茶だけはしないでと忠告はするから』


 そう言いきってからニーシャは電話を切った。
 アレックスは苦笑した、ニーシャは分かっているようだと。ユリウスもアレックスも、隊長のためならばこの命を張ってしまう事に。





 だが、すぐに気を引き締める。彼女の言うとおり、ここからが勝負なのだから。




↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

copyright © STUDIO EL @ BLOG all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。