マティアスは、その性格と黒い髪の毛に金色の目、そして何より『赤獅子』リアンダーのライバルだから『黒豹』という二つ名がついた。
最後に剣を交えた時の事をエイレ、いや、隊長は良く覚えていた。
周りの音が一切聞こえてこない。
悲鳴も、叫びも、鉄のぶつかり合う音も、まったくしない。
ただ、目の前の好敵手『黒豹』の、あの眼が焼き付いてはなれない。昂りと喜び、そして激しいほどの執着心。一度狙った獲物は彼が死ぬまで追いかけ続ける、劣情にも似た感情。
あの眼を『赤獅子』は受け止めていたのだ。
平然と何事もないように……
マティアスの姿を見たとたん、やっと沈めたはずの焦りが再発しそうになった。戦場に身を置いたことのない、平和な世界で生きてきたエイレにすればマティアスの存在だけで脅威に感じられた。
彼からにじみ出る威圧は、エイレの周りの空気をすべて奪い去ったうえに彼女の首を絞めるような、尋常でない居心地の悪さを感じさせる。
私は、いったい、どうやって、あの眼を受け止めていたんだろう?
その疑問だけが、何とかエイレの気持ちを落ち着かせていた。他の事を考えてしまったら、彼女は平然となどしていられないだろう。
そう、例えば…
エイレがリアンダーだと気付かれてしまったら…
マティアスはじっとエイレを観察した。その表情には特に何の感慨もなく、興味のない美術品を眺めているようだった。そして、唐突に鼻で笑い、意地の悪い笑みを見せた。その笑みだけで他の男たち二人が息を飲むのが聞こえた。
「バカかてめぇらは?」声こそは静かで落ち着いているが、まるで肋骨の間に薄手のナイフを突き立てられたように男達の体が緊張した。
「知るべき事はただ一つ、こいつが王女か否か、だろ?そしてこいつは」ぐいっとエイレのあごを掴み、無理やり上向かせる「王女じゃねぇ」
歯を食いしばるエイレとは対称的に、男達は混乱したようだ。
「し、しかし」うち一人は勇気を振り絞って言った「そうなると帰ってそいつが誰なのか知る必要があるのでは―」
「ねぇよ」
男の言葉を遮ってマティアスは否定した。
「王女じゃないならこいつは親衛隊の1人だ。まぁ、俺たちの裏切り者の可能性も否定できないが、それなら俺の顔を見てここまで反応がないのもおかしい…
俺達が必要なのは王女ただ1人、こいつが他の誰かだったら引き出せる情報をすべて引きずり出して始末するだけの事だ。だからこいつが誰かなんて関係ねぇのさ」
さらに顔を近づけてくるので、耐え切れず顔を背けるエイレ。その様子に怒りもしないで、マティアスは愉快そうに笑った。
「でも!」今度はもう1人の男が声をあげた「あなた様はそう断言しますが、こいつが王女じゃない証拠などありもしないじゃありませんか!」
すうっと、マティアスの表情から笑みが消えた。そしてゆっくりと男達の方を振り向くと、彼らから小さい悲鳴が聞こえた。
「俺の判断が間違っているんだと、そう言っているように聞こえたんだが…俺の聞き違いじゃないよな?」
失神しそうになっていながらも、勇敢にも男は自分の発言を取り消さなかった。
「わ、私達がそれで良くても、タナトス様とカト様は証拠なしに納得して下さるとは思いませんでしたので!決してマティアス様の判断を疑っているとは微塵も!!」
真っ青になりながらも男はなんとか言いきった。しばらくその男を睨んでから、鼻を鳴らしてマティアスはエイレに向き返った。
「証拠なら、見せてやる」
そして、誰もが何か反応を見せる前に、彼は拳を振った。
脳が、揺れる。
頬を殴られ、エイレは一瞬眩暈が起こった。首が、肩からもげてしまっても不思議じゃない、そのくらい重く感じた。
男達が息を飲むのが聞こえ、何だろうと考えが頭に思い浮かべられるよりも前に、もう一発、今度はあご下に拳を受けた。
椅子ごとエイレの体が後ろへ倒れてゆくが、ものすごいスピードで元の位置に戻された。それと同時にエイレの首も前のめりになり、痛みと酔いで、涙が出た。口の中に酸っぱい物を感じたが、口を開くと声が出てしまいそうだったので飲み込んでしまった。
「どうだ?」マティアスの声がなんとか分かるエイレ「これが王女だったら、俺たちはこんなにも悠長に話していられない、だろ?」
男達はその後何お互いに呟いたが、反論はないようだ。マティアスもスッキリしたのか、場の空気が多少軽くなった気がした。
「じゃあ、そいつはどうします?頑なに、何1つ言わないし声も上げないのですが」
拷問の得意な奴等を呼びますか?ともう一人が続けて聞いた。
彼らはずっとスペイン語で話している。だからここで、エイレは拷問の言葉に反応してはいけないのだ。恐怖で震えたり、顔から血の気を失せたりしてはいけないのだ。
自分の事に関する情報は、出来るだけ隠さなければならない。
しかし、エイレは反応してしまった。
だがそれは、恐怖などではなく、怒りだった。いまだに頭がグラグラするも、エイレは歯をかみしめ男達を前髪の間から睨んだ。
私の隊員に手を出してみろ
ただでは、絶対すまさせないからな!
「俺がやる、てめぇらは下がってろ」
え、と男達は一瞬躊躇ったが、マティアスが睨みをきかせるとそそくさと部屋から出て行った。
バタン、とドアの音がしまる音がし、エイレは髪を掴まれ、またもや上向かせられた。
「とんだ出会い方だな、え?リアンダーよぅ」
バッと目を見開く。
彼は今、なんて自分を呼んだ?
「黙っていても意味ないぜ」マティアスは転生前の言語で言う「昔にお互いを知っていれば、今も認識するんだ。お前はあの下っ端どもの事を知らんから、あいつらもお前が『赤獅子』だと気付かなかった」
つまり、エイレがマティアスが分かったように、マティアスも自分がリアンダーなんだと、ずっと前から気づいていたのだ。
「……ずいぶんな、挨拶ね…マティアス」
やっと口を開いたエイレに、彼は純粋に喜んだようだ、まったくもって可笑しな事だけど。
「本当に久しぶりだからな、つい舞い上がってしまったんだ」
「……気づいていたのなら、何で私の事を黙っていたの?王女以外は関係無いと言っても、私は親衛隊隊長『赤獅子』リアンダー。この場で殺されても文句が言えない立場よ」
ああ、となんともないようにマティアスは相槌を打ち、エイレの髪から手を放し彼女の後ろに回った。
「そうだな…」カチっと音がし、何かが擦れる音がした「あえて言うなら『フェアーじゃない』から、か?」
リアンダーが彼に最後に投げかけた言葉を、そのまま返した。すると突然、腕の束縛が消え、エイレは自分の手を動かせることができた。訝しんでマティアスの方を見ると彼は口元を片方だけ釣りあげ、フェアーにしたいからな、と今度は足の束縛も解いた。
手足がジンジンしていて、いまいち感覚が戻っていない。結構長い間拘束されていたのだろう。
「それに、あの下っ端どもはお前の率いる王女親衛隊の恐ろしさを知らないからな、下手の事を言いださないか冷や冷やしたぜ」
まったくそうとは見えないが。
「高く、評価されたわね」血行の流れを取り戻そうと立ち上がり、フラフラしながらも壁際まで歩いた「で?これからどうするつもり?このまま仲良くお喋りなんてする訳じゃないでしょ?」
違いねぇ、とマティアスは笑い、『黒豹』の名に相応しい足取りで近づき、ダンっ!と両腕を壁につき、エイレを囲むようにして言った。
「まずはお前が本調子に戻るのを待つさ。
すべてはそこからだな」
↓あとがき
うおおおおお〜……(元気がない)
第十二話だぞ〜〜……
はぁ隊長、
あっさりばれちゃってるじゃないっスか〜(笑)
もう、これからどうなるんでしょうね?
(お前、作者だろう?!)うん、でも、ちょっと消耗しきっちゃったんで今回はここまで〜…
疲れたぁ……
あ、タナトスとかカトとかって名前は出てきたけど、そいつらはまた今度じっくり紹介しますね♪
ちなみに、敵なので
よろしく!!(何がよろしくなんだか分からん!) テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学