だるさが抜け切れてないまま起きようとしたら、目が開かなかった。なんでだろうと触ろうとしたら、手が動かない事に気がついた。
焦りで喚きそうになったが、その衝動を何とかおさせる事が出来たエイレ。しかし、息は上がったままだ。
落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせてみたが効果はない。落ち着こうとしても息切れの音でパニックをおこし、パニックしているからこそ息が上がるという、無限ループにはまっているのだ。
そこで、作戦を変え、自分の息だけに集中した。
ハァハァと聞こえる音の音量を下げようと試みる。静かにしろ、静かにしろと、その音にいらつく事で、やっと動悸を落ち着かせる事ができた。
どうやら、椅子に座らせられているらしい。背中に背もたれの感触がするし、自分の手はその後ろに縛られているみたいだ。そしてついでという感じに足首も椅子の脚に縛られているようだ。
すべて疑問形なのは何も見えないからである。いや、真っ暗闇にいるわけではない。瞼に圧迫感を感じるから、眼隠しがされているのだろうと想像できる。
なぜこのような状態でいるのだろうと、やっと冷静になった頭で疑問に感じたら、思い出した。
エイレは、拉致されたのだ。
ニーシャとの会話を終わらせ、携帯を切る。左手には今しがた買った本がある。本といっても小説類ではない、言語学者の視点から書いた旅行記なのである。このシリーズをエイレは大変気に入っており、新刊が出るたびに買い求めている。
しかし、ちょっとマニアックな本の為か、エイレはわざわざバスを使って大手書店まで足を運ばなくてはならなかった。それでも苦には感じなかった、それほど好きなのである。
バス停に着き、少々早かったのかいつもは混んでいる待ち席が開いていたので迷わず座る。本は帰ってからじっくり読むと決めていたので、取り出さずに待つことにしていたが、3分も持たなかった。
今回はチベットだった。このシリーズでお馴染みの、最初のページにいった国の文字で一つの文が書かれてある。サンスクリットが起源と言われているチベット文字は、確かにデーヴァナーガリーと似ている。両方とも表音文字であるから、見分けるのは難しいと思われるがそうでもない。デーヴァナーガリーの最大の特徴は、各文字が頭線、シローレーカー、と呼ばれる上部の横線画でつながっているのだ。
まぁ、それはともかく、エイレはチベット文字及びその言語にはあまり詳しくなかった。しかし、それが良いのだ。初めに書かれてある文は、最初は読めなくとも本を終えた頃には解読できるようになっている。
パズル感覚で言語を解読できる事も、エイレがこのシリーズを好きになった理由である。
ふと、何か見覚えがあるような気がした。
一体なんだろうと、もう一度文を見てみたら、「おい、お前」と呼ばれた。反射的に顔をあげて、後悔した。
呼んだ相手は、英語を使わなかったのだ。
「こっちの言う事が解っているのを確認済みだ、だからとぼけようとしても無駄だぞ。一応確認するが、お前はどっちだ?」
つまり、敵か味方か。
話しかけた男はエイレの横でリラックスして座っているように見えたが、片手がうまい具合に組まれた腕の下で隠れていた。いっそ、巧妙的とも言えるくらいに。
チラッと相手の顔を見てみるが、誰かを彷彿とさせるでもなく彼はリアンダー率いる王女親衛隊の一員ではない事がわかった。
つまりは、敵。
しかしエイレは口をつぐんだ。相手は敵だとわかっているが、果たしてどの部分に属しているのかが分からない。しかも、どうやら相手も自分が誰なのか分からないようである。その事実をうまく使えれば、もしかしたら王女の安全は大分保証されるのではと思える。
「立て、一緒について来てもらうぞ」
確証はないが、相手が銃を持っている可能性がある限り、エイレは男の命令に逆らう事は出来ない。例え相手が自分を王女親衛隊(もしくは王女その人)の誰かが分からなくって、万が一のため危害を加えないようにしても、周りには関係のない人がたくさんいる。無関係の人を傷つけるなど言語道断の隊長だが、果たして相手が同じなのか。
それに、隊長には『王女を生きて守る』という信念がある。まだ王女を見つけてもいないのに死ねるはずがない。
ゆっくり立ち上がると、男はすぐさま横に付き「1ブロック先の角で左に曲がれ」と命じた。そして、すぐ横の路地に押し込まれた。
そこには白いワンボックスタイプのバンがあり、他に男が2人いた。どちらも見覚えがない。
すると、その内の1人が近づいて来て、エイレは思わず後ずさった。それを逃げようとしているのかと思ったが、案内した男が彼女の腕をねじあげ、動きを封印した。吃驚したのと痛みで反射的に逃げようとして、今度はもう片方の腕も押えられた。そしていきなり顔を持ち上げられ、口元にハンカチが当てられ、次第にエイレは意識を失った。
そして気がつくと、目隠しをされているうえ、両手足を縛られている状態だったのだ。
自分が何所にいるのか分からない、それに何時なんだか分らない。またパニックし始める心をなだめ、手がかりつかめる唯一の器官、耳を集中させた。すると、小さくではあるが話し声がした。いや、どっちかというと音を鈍くしたようだ。ドアを挟んだ、一部屋向こうのしゃべり声なのだろうか?
「…ダーでもない……そんな…ようできるのか?」
スペイン語だ!
話しを完璧に聞き取れなかったが、今のは確かにスペイン語である。
すると突然、ガタガタと物が動く音がし、次に金属のぶつかる音、そして錠の外される音。ドアのきしむ音がし、何人かの足音が聞こえる。誰かが部屋に入ってきたのだ、しかも数人。
「この女がそうです」
相変わらずスペイン語、どうやら相手はエイレがスペイン語を知らないと高をくくっているようだ。なら、そう思わせておこう。
「何も言わないのでいったい誰なのかが分りませんが、高い確率で王女かその親衛隊の者だと思われます」
しばらく無言。説明を促せられたのか、男は急いで付け加えるように言った。
「携帯ごしに『軍師様』と言っていたので、あのネストルと交信があるのだと考えられます」
ニーシャと話していた時か!
しくじった、アレックスとニーシャには転生前の言語を使って話しているのだ。3人とも英語が使えるのだが、自然と出てくるのは昔使いなれた言葉。それが今回の仇になるとは。
悔しさで縛られている手を握り締めるエイレ。
「なら、こいつはネストル以外、という事だな」と低く、強さを感じられる声がした。その声に怯えたように返事をする他の人達、そしてエイレもまた息を止めてしまった。
その声には聞き覚えがあった。
しかし、そんな筈はない。聞き覚えがあるなんてありえないのだ。
だって、彼女がその声を聞いたのは、リアンダーが隊長だった時なのだ。
「目隠しを取れ」
声とは他の人がエイレの後ろに回り、シュルシュルと布が外される音がした。すべて外されると、目をつむっていても明るいのだとわかる。徐々に目をあけると、前には男性がいた。
「すまんな、マティアス」リアンダーは苦しげに言った。「この戦いはフェアーじゃなかった」
金色の目をのぞき、彼は昔の姿のままだった。
『赤獅子』の対である事から『黒豹』と呼ばれている男。
マティアス、ここに現れる。
↓あとがき
おほほほほ、第11話ここにあり!!
何とライバル君登場だ!しかも隊長が捕まってる!
隊長の面子が立ちませんね(爆)
ちなみに、ライバルのマティアスの話と人物紹介は
第五話 『記憶と経験』にありますので、興味があったらちょっと見てください♪
さて、マティアスはエイレの正体を分かってしまうのか!
そして、エイレは無事みんなの所に戻れるのか!
それとも、早くも
主役交代となってしまうのか!!(冗談じゃない!)ではでは、次回をお楽しみに〜♪
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