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『スタジオ える あっと ブログ』 略して 『鼻眼鏡』!(ええええ?)
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第三七話 『侯爵の弟』
「ミス・エイレ!」



 飛行機を降り、税関を通り抜け、到着ロビーで待っている人の波に圧倒されながら久しく聞いてない名で呼ばれた。自分の苗字ならまだしも、名前に『ミス』を付ける人なんてそうそういない。
 まさかと思い声の主を探してみると、年季の入ったスーツを着こなしている初老の男性が柔らかく微笑んでいた。慈しみしかないその笑顔に、エイレは気がつけば彼の腕の中に飛び込んでいた。
「スチュワート…!凄い、久しぶりな気がする……」
「はい、ミセス・トモエがお亡くなりになって以来ですからね」
 母が亡くなってから1年たっているのだが、エイレにはそれ以上に感じられた。昔の記憶が戻って以来、いろんな事がありすぎたのだ。
 アレックスを始めとする仲間に出会えたし、敵でありライバルであるマティアスと対面した。そしてこれからは、王女を探さなくてはならない。つまり、これからも休む暇はないのだ。
 でも、親に甘える子どものように抱きついたエイレを、一切の嫌がりも見せず優しく抱擁してくれるスチュワートがそんな決心を鈍らせてしまう。そんな自分を叱りつけ、エイレは少々惜しみながらも自ら抱擁を解いた。
「まさか迎えに来るなんて知らなかった…電話した時教えてくれれば良かったのに」
 そんな彼女の言い分に苦笑しながらスチュワートは、彼が驚かせたかった、のだと教えてくれた。
「しかし、突然問題が発生してしまいまして急遽私が迎えにあがるという事になりました」
「問題?何か大変な事でも起きたの?」
 純粋なエイレの疑問に、スチュワートは少し言いにくそうにし、何故か周りを気になりだした。その姿に眉を寄せていると彼は苦笑して見せ、ちょっとここで言い憎い話なのでと断った。
「詳しくは車の中で話します。リチャード卿もフェリシティ夫人も貴女と会いたがっています」
 さぁ、とスチュワートはエイレの旅行鞄を取り、駐車場の方へと案内した。








 エイレの名付け親、リチャード・アルドリック・キャラハンの父親が侯爵だった。しかし20年ほど前に父が亡くなられ、その称号を長男であるリチャードの兄ヘンリーが受け継いだのだ。伝統的に長男が称号を受け継ぐのは当たり前の事なのだが、実はこの頃からそれに反対する声がたくさん出ていた。
 リチャードはずっと周りの大人から、なぜ貴方が長男じゃないのかしら、と言われながら育った。純粋に自分の方が勉強できるからかなとその頃は考えていたのだが、高校に入ってから、そんな可愛い事じゃなかったんだと気づく。
 はっきり言うと兄は不良だった。勉強にあまり身が入っていないのは分かりきっていたが、ろくに学校にも行かず仲間と遊びまわり、物を壊したり暴力を振るったりと実は何度か警察の厄介になっているのだと知った。それに付け加え、女性の取っ替え引っ替えが激しかったのだが、同じ穴の狢だからなのか泥沼は全くなかったらしい。
 5年も年が離れているので兄と同じ学校に通っても合う事は無かったのだが、自身も高校生になると妙に教師たちに目を付けられていた。何故だろうと不思議に思いながらもほっておいた。
 しかし、たまたま学校で自分が中心人物になった喧嘩が起こり、血相を変えた教師が何をしていると喚き、警察を呼ぶぞと脅してきた。殴りあいにも発展していないのに、突拍子もないことを言われ喧嘩をしていた相手共々ポカンと口が塞がらなかった。そして怒られている本人達よりも野次馬をしていた生徒達が怒りだしてしまい、教師と生徒との大争いに発展してしまった。
 大混乱になる前に理事長が何とかその場をしずめ、リチャードは訳の分からないまま校長室に行かされたのだが、そこでやっと自分が目を付けられている理由を知った。
 ヘンリーは不良のなかでも特にたちが悪く、父親が侯爵という立場を最大限に利用し自分思うままに生徒を、そして教師までをも操っていたのだという。しかし、表向きは気の利く好青年だったのだからなかなか文句を言える人がいなかったのである。ヘンリーが卒業した後に彼の悪行がどんどん浮き彫りになり、その興奮もおさまらぬままリチャードが入学していたもので教師から目を付けられたのも仕方がないものだった。
 おかげでリチャードは普通の高校生よりも清く正しくあらなければいかなくなり、思春期の男なら誰でもやりそうなちょっとした悪ふざけにも参加できなく窮屈な思いをしたのだった。
 自分の利益のためには口先さんずんで相手を丸め込める事なんて朝飯前のヘンリーと違い、リチャードは真面目で嘘を嫌う人だ。同じ母親から生まれたのに、こんなにも違っちゃうものなのかとかえって感心してしまう。ある友人からは、ヘンリーは政治家に向いてるね、と言われたこともある。
 そのせいか兄弟の父親が亡くなった時、ヘンリーの方が侯爵に向いているとリチャードの妻フェリシティが先立って周りを説得した。ある意味頭が堅く頑固な夫より、義兄の方が向いていると思っていたのも本当だが、同じ高校生活をおくってきたので、もう二度とあんな思いはしたくないしさせたくないと誓っていた。そして渋々ながらも周りはリチャードが侯爵の弟になることを許したのだった。


 それが、今から20年ほど前の話。そして、今になってその兄が厄介な事をしでかしたのだとスチュワートが説明してくれた。
「33歳の女性と駆け落ち?!」
「自身の一番下の娘と同い年ですよ。よっぽど熱を上げているのか、侯爵という立場すら捨てての駆け落ちですからミッドライフクライシスだとしても度が過ぎている」
 どんな人に対しても丁寧に接しているスチュワートが言葉を崩すくらいなのだから結構頭にきているのだろう。もともとヘンリーを好いてなかったという事実もあるのだが。
「おかげで、リチャード卿一家は報道陣から避難するはめになったのですから、いい迷惑です」
 ああ、だからかとエイレは納得した。何が問題なのか聞いた時、スチュワートが周りを気にしだしたのはパパラッチを恐れていたためだったのだ。
「私、ほとぼりが冷めるまでホテルに泊まっている方が良いわね」
「いけません」
 きっぱりと言い切るスチュワートにエイレは驚いた。
「貴女はそうやってすぐ遠慮をしてしまう。大学に通っていた頃もわざわざ寮に入ってしまわれて、皆が寂しがっておられました。
 それに、この程度の事で家族を、娘を一人にさせる事などできませんしね」
 そう言ってスチュワートはウィンクをした。



 エイレは思わず目頭が熱くなった。
 幼い頃からエイレは母親とともに名付け親の元を訪ねたのだが、エイレは一度も疎外感を感じた事など無い。それは、皆が彼女を家族の一員のように接してきたからだ。
 友人の娘にそこまでしてあげる義理は無いのに、リチャードもその家族も当たり前のようにエイレを愛してくれている。だが、それがたまらなく嬉しいと感じると同時に、一抹の不安を感じてしまう。





 彼女は『リアンダー』の記憶を取り戻した。
 そして、その頃敵対していた人が今の彼女の家族を利用しない保証は無い。貴族の人間には簡単に手出しが出来ないだろうとエイレは考えているのだが、手段を選ばなくなったら?
 今は王女の行方が知られていない。でも、その姿を発見した途端彼らは動き出すだろう。今はそう、言うのならば冷戦状態なのだ。

 甘えてはいけない。

 そう言って自分を言い聞かせるエイレだが、ふと、夢に出てきたあの困惑した表情のリアンダーが頭に浮かんだ。





 それの意味することを、エイレはまだ知らない。





↓あとがき

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