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『スタジオ える あっと ブログ』 略して 『鼻眼鏡』!(ええええ?)
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第十八話 『最後の1人』
 エイレが入ったレストランは、普段なら彼女は絶対に寄らないであろうものだ。営業スマイルを見せてくれるウエイトレスはいないし、客もそんなものを期待してない様子で、むしろ「俺に関わるな」と近づけないオーラが客のそれぞれにあった。
 しかし、今のエイレにはそれがちょうど良かった。顔の傷もあるし、ここでいろいろ聞かれるよりも、見て見ぬふりをしてくれる方が助かる。
 奥の方に開いている席があったので、遠慮せずに椅子に座る。ツンと異臭の臭いがし、トイレの近くの席だから空いていたんだと納得した。しかし、例え鼻のまがる異臭でも、ここで席をかえると他の客の目に付いてしまうので、何とか堪えた。
 注文を取りに来たウエイトレスも「何でこんな席に座るのかしら」とでも言いたげだったが、そんな事を言って客が出て言っては困るから黙っていた。そしてエイレの注文をもらい、愛想もなく厨房にオーダーを伝える。


 食事を待っている間、エイレは手持無沙汰で窓の外を眺めながら手を揉んでいると違和感を覚えた。あれ?と思い両手を見てみると、ここで初めて腕時計が無い事に気がついた。
 先程まで冷静でいられたのに、いきなりパニックにみまわれるエイレ。冷静に考えればそこにある筈がないのに、エイレは机の下やポケットの中をくまなく探した。他の客の目についても、今は構わなかった。それほど大切な腕時計なのだ。


 母の友人で、自分の名付け親でもあるリチャードから貰った、この世に二つとない大事な腕時計なのだ。


「あんた、どうかしたの?」
 突然の声に、エイレは勢いよくその方を見上げた。先程のウエイトレスが食事を持ってきていた。
 変に黙ってしまうのも不審に思われるので、ここは素直に腕時計が見つからない事を白状した。そうすると、ウエイトレスも幾分か表情を和らげ(もしかしたら、お金を持ってないんじゃないかと一瞬疑われていたのかも知れない)、食事をテーブルに置きながら「どこかに落としてきたの?」と聞いた。
「分からない……もしかして置いてきたのかも…」
「どこに?」
 まさかここで「私が拉致られ、捕虜にされていた場所」などと言えないから、バス停の女性に使ったストーリーを使わせて貰った。
「元彼のところ」吐き捨てるように言う「あいつの所に帰りたくなんか無いのに…!」
 言っている事は真実じゃなくても、エイレの感情は本物である。今は一刻も早くアレックス達と合流したいのに、敵に見つかりたくないのに、あの腕時計だけは取り返したい。でも、そんな事をしてまた捕まったら意味が無いのを頭で理解していても、心が納得してくれない。
 エイレの葛藤をどうとらえたか、ウエイトレスは少し考え込むようにして見せてからエイレの向かい側の席に腰をおろした。そしておもむろに話し始めた。
「あんた、もしかして元彼から逃げてきたの?…ああ、いいの!詳しく教えてくれなくても良い。
 この辺にはあんたみたいな子が時々来るのよ……親や恋人に虐待された子。あたしもその一人だから分かるけど、絶対に見つかりたくないけどどこに隠れればいいか分からないもんでしょ?
 今、私がお世話になってるシェルターがあるから紹介しようか?」
 演技ではなく、エイレは本当に口籠った。まさか、話がこっちの方向に進むとは思わなかったのだ。


 DVシェルターという物がある。日本では昔から縁切寺や駆け込み寺として知られていたもので、DV(ドメスティックバイオレンス)にあった被害者を保護するための施設である。
 そういう所にエイレはもちろん、彼女の母だって世話になった事は無いが、彼女の名付け親がスポンサーをしていたので存在は知っていた。知ってはいたが、見た事が無い。
 母親だけではなく、その子ども達も避難してくるらしいが場所はたいていトップシークレットなのだ。それは被害者達を、加害者から守る為なのでエイレが見た事が無いのも仕方がない。


 そんな所にこのウエイトレスは連れて行こうかと聞いているのだ。
 考えてみれば、顔の傷に加えエイレは全く荷物を持っていない状態なのだ。しかも元彼に殴られた話をすると、暴力に耐えきれなくなった女がわき目もふらず逃げ出してきたように見えなくもない。そして、自分も似たような経験を持つと、同じ目にあっている人に同情的になるものだ。だからウエイトレスはエイレにシェルターの事を話してくれたのだろう。

 罪悪感が少しあるものの、これはチャンスじゃないかとエイレは思った。
 被害者を守るためシェルターの場所は秘密にされているし、アレックス達と合流するまで宿の心配もしなくて済むのだ。頻繁に暴動が起こるグアテマラで宿がある事だけですごく安心できる。
 もちろんこれは敵の罠かも知れないが、こんなに早く手をうってくるとは思えないし、物凄く範囲の狭いので罠としても効率は良くないだろう。
 そしてなにより、エイレは藁をもつかみたい思いなのでウエイトレスに心の底から感謝の言葉を言えた。
「いいのよ」とウエイトレスは微笑んだ「同じ境遇にいるんだし、見て見ぬふりなんてできないわ」
 ちょうどその時違う客が入ってきたので、ウエイトレスはまた後でねと席を立った。その後ろ姿をちょっと眺めてから、エイレは注文した食事に手をつけた。頬と顎が痛むのでスープを頼んだのだが、すっかり冷えていた。しかも、味付けが濃すぎて、まったく美味しく感じられなかったが、お腹は空いているので何とかすべて嚥下しようと頑張った。


 やっとスープを飲み終え、少しばかり気分が悪くなっていると外から怒号が聞こえてきた。しかもそれは1人2人などではなく、10人くらいの人数の声がした。
 エイレの他の客も声が聞こえ、浮き足になる者や「またか」と嘆く者、そして手慣れたように店を閉じる者と別れた。何をすればいいか分からず、とりあえず立ってみたらウエイトレスが彼女の腕を取り厨房の前のカウンターまで連れて来て、一緒になってしゃがみ込んだ。
「ギャングの小競り合いよ…最近多くってね」
「小競り合い?」
 それにしては皆気がはり過ぎているように感じるエイレ。
「なんか仲間の仇打ちとかみたいなんだけど…どっちにしてもはた迷惑には変わりないわね」
 ウエイトレスが苛立ったように言った。恐怖よりそっちが先に来る感情なら、本当にこういう事は頻繁に起こっているんだなと分かる。


 そういえば、とエイレは思い出した。昔、彼女がリアンダーと呼ばれていた頃ユリウスを連れて街の方まで足を運んだ。その頃は敵国との戦争もピークに達していて、街にもその緊張が伝わりあちこちでいざこざが起こっていたのだ。






「待てお前!」と、いきなりユリウスが声をあげた。
 何事かと思い振り向くと、ユリウスが白髪の子どもの腕を掴んでいた。そして、その子どもの手には見覚えのある財布があった。いや、見覚えも何も、それは自分の財布だった!
 いつの間にかすられていたんだろう。その手さばきも凄いものながら、それに気付き対応できたユリウスにも舌を巻いた。
「放せよ!腕が折れしまうだろーが!」
「これ位で折れる訳ないだろ!もっと自分の立場を理解した方が良いんじゃないのか?!」
 そう咎めるものの、子どもは舌を出し、ついでとばかりにユリウスに蹴りを入れる。全く痛いわけではないだろうが、たとえいけ好かないガキでも一般人には変わりないからユリウスは黙って耐えた。
「まさか」とリアンダーは笑いながら言った「この『赤獅子』が子どもに財布をすられるとはな」
 びくっと子供は震えた。例え姿は知らなくても、『赤獅子』という名前は一般人の間でも広まっているのだ。その男から財布をすってしまった事に、子どものもと白かった顔がさらに青白くなった。そして、その赤い目が恐怖で揺らいでいた。

 これがジェネとの出会いだった。







「大丈夫か、デローリス?」
 突然後ろから声が聞こえたと思ったら、ウエイトレスが「ラモン!」と感嘆の声をあげ声の男に抱きついた。つられてエイレも後ろを振り向くと、思わず心臓が止まりそうになった。


 姿形は変わってしまったものの、ウエイトレスを抱きしめる男はあのジェネに間違いはなかった。




↓あとがき

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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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