町についたエイレがまずした事は、乗ってきた車を適当な所に捨て、都市へと向かうバスのチケットを購入した。ちなみに、脅しに使った銃も車の中に置いてきた。一緒に持って行く方が後の役に立つかもしれないが、平和な日本で生まれ育ったエイレはそうするのに気が引けた。だから銃は置いて行った。
あまり目立たないように物事を進めようとしたが、どうあっても彼女は外国人に変わりないし、左頬と顎の痣が嫌でも目立ってしまう。幸いだったのは客が少なかった事と、疲れでイライラしているエイレが親か彼氏に殴られて荷物も持たずに家出しているようだと思われた事。実際、待合室で座っていた時、同じ経験をしたと言う女性がしきりに話しかけてエイレを勇気づけようとしていたので、そのストーリーにのる事にした。
曰く、もともと酒癖の悪かった彼氏がとうとうエイレに手を出してしまい、あまりにも頭にきてとりあえず困らせようと出て行った。即興で作った設定だが、説明が足りないところは女性が脳内で補ってくれたようだ。きっと言いたくないんだろう、とでも思われたのだろう。
行く道は反対方向なので待合室で別れたが、最後に女性は彼氏が謝るまで帰っちゃダメよと励ましてくれた。それにエイレは口だけで笑い、バスに乗り込んだ。彼女の言葉が嬉しくなかったわけではないが、今はだれが敵なのか分からず、疑心暗鬼になっているので素直に喜ぶ事が出来ない。
そしてバスに揺られ、少しウトウトしたと思ったら終着点についていた。
都市には人がいっぱいいる。そして、人口が増えると人の観察力は落ちる、もとい他人を気にしなくなる。だからこそエイレは隠れ場所を人ごみの中にした。木を隠すなら森の中、人を隠すなら雑踏の中、とはよく言ったものだ。
そしてバスから降りてエイレがした事は、食事ができるところを探したのだ。
同じ頃、アレックスは一足先にグアテマラを目指していた。ニーシャはパスポートの手続きがあり、それをデイビットが付き添うと言ったのでアレックス一人で行く結果になったのだ。
「私は仕事を辞めちゃうから良いけど、あんたのスタントの仕事はどうなるのよ?」
「むしろあっちから休めって言われた」
そう言ったアレックスを最初は信じられないとでも言いたそうな表情を見せたニーシャだったが、少し前までの彼の姿を思い出したら納得した。確かに、彼は今にでも自殺しようとしていると思われても仕方がない程、酷い格好だったのだ。
「こんなに早く皆がバラバラになるなんて思わなかったから、カードの準備ができてないんだ」とデイビット。
「カード?」
「うん、いつでもどこでもお金が引き下ろせるカード。それの準備が出来ていないから今はこれを資金として使って?」
そう言って札束を手渡された。それを断ろうとしたアレックスだったが、その前に「僕のこれまでの努力を無駄にする気?」と恨めしく言われた。
少し困ってニーシャを見ると、彼女は彼女でアレックスを睨みつけていた。その目は『そんな事気にしている暇があったら、さっさとエイレを探しに行きなさい!』と叱っているようだった。いや、本当に叱っているのかも知れない。
覚悟を決め、アレックスはデイビットにお礼を言い、ニーシャに必ず見つけると約束した。そして、出てゆく彼の背を見ながらニーシャはぼそっと呟いた。
「あの子って…本当に生真面目よね」
「昔からそうですよ」
「もう少し柔軟になっても良いと思わない?」
デイビットは一瞬考えたが「いや」と否定した。
「そんなのはユリウスじゃない」
ニーシャはくすくす笑うしかなかった。
確かに、その通りなのだ。
飛行場でチケットを受け取る時、アレックスは自分以外のもう1つのパスポートを大事そうに撫でた。言うまでもなく、それはエイレのである。
幸いな事に、エイレの身分を証明する物はすべてアレックスのアパートに置いてあった。もし、敵の手にこれらの物が渡っていたら、と思うとアレックスは背筋が凍るようだった。こんな薄っぺらい物が、まさか彼女の安否にここまで関わるのが不思議だ。そう思うと彼女のパスポートがとても重く感じ、同時にとても儚く思えた。
ページを開くと、エイレが微笑している顔写真が見られた。
どうか、どうか無事であってくれ!
目を瞑り、アレックスは唇を噛みながら悲願した。
『軍師ネストル』に電話をした後、マティアスは『隊長リアンダー』の遺留品を眺めていた。小さな手提げカバンに必要最低限のお金しか入ってない財布。買ったばかりとしか思えない本。そして腕時計。身体チェックをした時、服装以外の物はすべて取り外したが、笑えるほど『リアンダー』は物を持たなかった。
その中でもマティアスの目に留まったのが腕時計である。目の高さにもって行き、じっくりと観察してみると、それはオーダーメイドだってわかった。その上、良く見てみると文字盤に
『To Ehre.M / My Best Goddaughter / R.C』
(私の名づけ子 エイレ.Mへ捧げる R.C)
と書いてあった。
エイレとは『リアンダー』の今の名前なのだろう。こういう物を見逃す部下は、やはり無能だなとため息をついた。
静かに腕時計を元の場所に置き、今度は本を手に取った。この行動に特に理由はなく、聞かれれば興味心とマティアスは平然に言うであろう。しかし、裏表紙の説明を読むや否や、彼は眉を潜めた。そして今度は本を開き、筆者の他の作品リストを見て、マティアスは大声で罵倒を吐いた。
マティアスの怒り声が聞こえ、エイレを取り逃がした男達は震え上がった。また、彼の怒りを味わうのかと思っただけで彼らは失禁しそうになる。
そう考えると、マティアス相手に怯みはしても怯えを見せなかったあの女は只者じゃなかったんだと、気づくも遅すぎた。頭を垂れていると彼らのテントにマティアスが遠慮もなく入って来た。
「あいつはスペイン語を分かってた」
怒られると思い込んでただけに、男達が一瞬マティアスが何を言っているのかが分からなかった。だが、マティアスがもう一度同じことを言うと、今度は男達が声をあげた。
「な、あの女がですか?!」
「まぁな…それに俺の感が正しけりゃ、あいつはもっと知っている可能性があるな」
男達は顔を見合わせた。そしてその内の一人が、恐る恐るとではあるが、マティアスに聞く。
「あ、あなた様のように…ですか?」
「どうだろうな……しかし、まさか俺がこんな事に気付かないとは…
お前ら、あの女の事を徹底的に調べろ!名前はエイレで名字はMから始まる。顔からしてアジア系だろう…それと、R.Cの頭文字を持つ名付け親がいるみたいだ。
分かったらさっさと調べろ!」
そう言って出てゆこうとするマティアスを、男達は慌てて止めた。なんでこれ程までにあの女を気にするのかが分からなかった。確かに只者じゃないとは感じたが……
その旨を伝えてみると、白々しくマティアスは「ああ、そう言えば言い忘れてたな」とほざく。
「あいつはな、『赤獅子』なんだよ」
そうして、もう一度男達に調べるのを忘れるなとくぎを打ち、笑いながらテントを出た。
残った男達は、先程とは違う恐怖心から震え始めた。
俺達は、『赤獅子』相手に何をやろうとしてたんだ!?
↓あとがき
第十七話だぜい!!ヤッフー!!!今回はメインの3班(隠れ班:エイレ 探し班:アレックス・ニーシャ・デイビット 追いかけ班:マティアス等)がこれからどう動くかを書きました。本当はエイレだけにしようと思ったのですが、他に2班の事もちょっと書きたしたかったのでこうなりました。
あ、それと補足ですが、マティアスも結構いろんな言語を知ってますが、数はエイレよりも少ないです。ってか、
エイレが異常なんですけどね!(笑)
来週からはエイレに視点を置きますので、
食事シーンから始まると思われます(爆)
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