STUDIO EL @ BLOG
『スタジオ える あっと ブログ』 略して 『鼻眼鏡』!(ええええ?)
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第四〇話 『デート』
 扉が開き、そして閉まる音と共にスチュワートを呼ぶ声がした。その声に聞きおぼえがあり、エイレは与えられた部屋からエントランスまで早足で向かった。
 階段の踊り場に着くと、思っていた通りの人が何やらスチュワートと話していた。本来なら話し終えるまで待つのだが、久し振りに会えたのがとても嬉しくてエイレは思わずその人の名を呼んだ。気付いた相手もエイレを見た瞬間顔を綻ばせた。
「エイレ?リチャードったら、あなたが来るのを黙っていたのね。あなたも人が悪いわねスチュワート!こういう事を黙っているなんて」
「貴女を吃驚させたがっていたのですよ、フェリシティ夫人」
 そんな二人のやり取りを気にせず、エイレはフェリシティに抱きついた。
 エイレの母親、巴と違って、フェリシティはふくよかな女性だ。そして何故か常にクッキーの匂いがする。だからか、彼女に抱きしめ返されると、母親とは違った安心感を幼い頃から得られていたのだ。人から話を聞くと、ぐずりだした赤ん坊エイレを宥めるにはフェリシティに抱きかかえてもらうのが一番だったらしい。
「ちょっと顔を見せて…もう一年になるのね~」エイレの顔を撫でながらフェリシティは言った。「ちょっと痩せたんじゃない?」
「どうだろう…?」と肩をすくめるエイレ。
 しばらく懐かしむように見つめあっていたが、突然フェリシティがいけないと声をあげた。
「リチャードったら勝手にレストランに予約をいれてたのよ!着替えたいと私が先に戻ってきたんだけど…そっか、エイレの為に予約しておいていたのね、あの人は……まったく」
 怒っている口調ではあるが、彼女の表情は笑っているままだ。こういう寛容なところがリチャードとの結婚生活を円満にしているのだと、エイレは考えている。
「と、なると」エイレを見ながら彼女は言う。「あなたにドレスが必要になるはね」
 ワンテンポ遅れてからエイレは今何を言われたのかを聞き返した。
「ヘンリーの事さえなけりゃ、一緒に買い物に行けたのに!本当、迷惑の塊だわあの人は、例え義理の兄でも!
 だから悪いけど、今回は私のお古を貸すけど今度一緒に似合うドレスを探しに行きましょうね?私たちからのプレゼントで」
「そんな、悪いです!出来ません!」
 ドレスとはいわないものの正装が必用なレストランに着ていける服ぐらいは持っているとか、フェリシティのお古はいただけないとか、いやだというのではなく自分にはもったいないのだとか、プレゼントとしてドレスを買ってもらえないとか、いろいろと言ってみたもののフェリシティもスチュワートも聞く耳持たぬとエイレを主寝室の方へ向かわせた。



 着せ替え人形の如くいろんなドレスを着ては脱いだりを繰り返したのち、やっと青いサテン生地のドレスに落ち着いた。フェリシティのお古といっても保存状態が良かったから着る分には申し分ないのだが、いかんせん時代が現れてしまう。派手な装飾がつけばつくほど、そのドレスが40年ほど前のファッションのものだとわかってしまう。なので、やっと落ち着いたのが肩のでているシンプルなスレンダーラインのドレスだ。
 ドレスを着なれていないのに、自分に合ったサイズがなかったのでちょっと大きめのヒールまで履かせられ、エイレは車の中そわそわしっぱなしだった。フェリシティが着替えている合間に違和感がないかとスチュワートに聞いたのだが、とても綺麗だと褒められさらに落ち着かなくなった。
 だが、それより何よりも、リチャードに会うことに一番緊張しているのかもしれない。名付け親とはいえ、エイレにしてみれば彼は一番『父親』というものに近いからだろうか。


 レストラン自体は本物の城だった。あちこち少し手入れをしているだけで、ほとんどは昔のままだから、まるでタイムスリップをした気分になってしまう。しかも、受付やウエーターの制服、テーブルの整え方、一面のデコレーションを見る限り、入口に『一般の方お断り』と書かれてあっても文句が言えないなと思ってしまう。
 前、日本の旅番組でこのレストランの事を紹介していたような気がするが、確かその時予約しても1年半待ちだとかを聞いたような…
 余りにも普段の自分とは程遠い世界で、思わずあれこれを眺めていると優しく名前を呼ばれた。呼んだフェリシティに意識を向けると、彼女はエイレの腕をとりほほ笑んでくれた。いきなりどうしたのだろうととりあえず微笑み返すが、視線を前に戻すとエイレは軽く緊張してしまった。
 もう何度もあっているのに、何年も知り合っているのに、これだけは治らないのかもしれない。小さい子供が親に気に入られたいのと同じ気持ちなのかなとエイレは自己分析をしてみたが、比べられる対象がないので何とも言えないままだった。
 誰かと談笑していたリチャードも直ぐエイレたちに気が付き、シワだらけの顔を綻ばせて席から立った。齢60年以上ではあるものの、リチャードは背が高く、アレックスと引けを取らないのではとエイレは思った。髪の毛こそほとんど白く染まっているが、しっかりした足取りや身のこなしを見ているとまだ50代だと言われても納得してしまう程、活力にあふれている男性である。
「エイレ」と愛情にあふれた声で呼ばれ、しっかりと抱きしめられた。
「元気そうで良かった…私たち皆とても心配していたんだ」
 ゆるりと腕を解いてから彼はエイレの手をとり、しばらく眺めていたら突然「とても素敵だ」と賛美された。
「しかし、青は君の色じゃないな。もっと似合う色を探さないとなフェリシティ」
「まぁ」とフェリシティは口をとがらせた「服を買う余裕もくれなかったくせにずいぶんな言い草ね!」
 酷いわよね~、とエイレに賛成を求めるが、エイレは苦笑を浮かべるのに精いっぱいだった。
 話題を自分から変えようと、ここのレストランって予約が大変じゃないとエイレは聞いてみた。
「ここの支配人と顔見知り、とか?」
 リチャードくらいの位の人ならおかしくはないと思っての発言だが、驚くことに彼は違うとその可能性を否定した。
「私が、ではなく彼が支配人と交友があってね。そう言えば自己紹介をしていなかったな、私も礼儀知らずだ」
 そう言って先程まで談笑していた相手が一歩前に出てきた。
「彼はピエール・ボールガール、彼が某会社の社長を務めていた時に取引をしたことがあってね、ここも彼が教えてくれたのだよ」
 リチャードの言い分を聞き終えてから、エイレは初めて相手の顔を見た。
 ハシバミの髪を軽く後ろに流した下には、左目に泣き黒子をこしらえた甘いマスクの男性がいた。名前で予想はついたものの、高い鼻が彼をフランス人だと物語っていた。
 ピエールはフェリシティに軽く会釈をしてからエイレの左手を取り、視線を外さないまま軽く手の甲に唇を落とした。
 顔に血が昇るのを、エイレは実感せずにはいあれなかった。











<ただいま執筆中、もう少々お待ちください>





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第三九話 『連絡を待ちながら』
 夜のロサンゼルスは冷える。昼間は半袖でも大丈夫なのに、日が暮れると気温がガタっと落ちる。そして今は秋の終わり、日によっては吐く息も白くなる時があるのだ。そう、今日のように。
 ほとんどの人がコートを羽織っている中、アレックスは七分袖のシャツを着ているが全く寒くは無かった。むしろ熱いくらいで、先ほどから額を流れ落ちる汗が煩わしい程なのだ。そして、それは相手も同じだろう。そう、3階建てのビルの屋上で、アレックスはとある男と組み合っていた。
 しかし、相手の方が上手らしくアレックスは端まで追いやられてしまった。それでもなお健闘するが、ついに足を滑らしてしまう。が、寸の所で相手がアレックスの襟元を掴み、ビルから転落するのを防いだ。

 助かったと思うのもわずかの間、男は二言三言話してから、今度こそアレックスを突き落とした。



 悲鳴と無様な体制のまま落下するアレックス……

















 ボスッ!!


「はい、カットォ!」

 セカンド監督の声で、安全マットから起き上がるアレックス。これでやっと今日一日の仕事が終わったのだ。
 疲れている体に鞭打って立ち上がると、周りから拍手が沸き起こった。はて、と首をひねるとすぐ近くにハインツが佇んでいるのを見かけ、そうかと納得した。
 今のシーンはハインツが演じるキャラクターの最後のシーンだったのだ。いや、最後といってもハインツ自身はあと何回か撮影をしなければならないのだから、厳密に言えばキャラクターの死ぬシーンだ。そしてアレックスにしてみれば今日でこの撮影チームとお別れになるので、そういう意味での拍手だろう。
 おつかれ、とハインツがタオルを投げてくれたのでありがたくそれを使わせてもらい、アシスタントの子からコートを受け取り羽織った。
「いやぁ~、お前のスタントを何度も見て来たけどさ、ほんっとうにリアルだよな?」
 心臓に悪いぜとハインツは笑う。
「……むしろ、お前の頭の方が心臓に悪いんだが」
 眉をひそめて言うアレックスだが、それもそのはず。ハインツは頭をかち割られたかのように血が流れ出している…様に見える。もちろん、特殊メイクの力であり、アレックスが転落するシーンの後すぐ次のシーンを撮れるように準備していたのだ。
「ま、とにかくお疲れさん。俺は『最後の息吹』を撮んなきゃならないけど、そのあと夜食でも食いにいかね~?」
「彼女はどうしたんだ?」
「今日はおばあちゃんの誕生日だって、ふられた~!」
 そう言って先ほどアレックスにコートを渡した同じアシスタントの子に自分のジャケットを渡して、じゃ後でなと撮影に行ってしまう。
 ちゃんと返事を返してないのに、もうハインツの中では夜食を一緒に食べる事になっているのであろうと、アレックスはため息をついた。でもまぁ、自身もだいぶお腹がすいているのだから良いかと諦めた。
 とりあえず、軽くシャワーを浴びようとスタジオに戻る。



 汗も洗い落し、新しい服に着替えたアレックスは今日初めて携帯を見た。王女親衛隊が結成されてから、携帯の着信を確かめるのは半ば習慣になっていた。何かあったらすぐに連絡を入れる、相手はどんな時間にでもちゃんと電話をひろう、そのようなルールが出来上がっていた。
 着信を見てみるとデイビットから一回だけ着信があり、他には何もなかった。何かあったんだなと想像はついたのだが、一回しか電話をかけていないところを見ると凄いピンチでもないんだと、ホッと胸をなで下ろす。面白い事に、その場にいない仲間への伝言をまわすのがデイビットの仕事になっていた。いや、サンディの頃からそうだったかも知れない。隊の中では一番協調性があったのはサンディで、癖の強い隊員の間に立ち皆をなだめていたのを覚えている。その時の癖で、今もこうやって伝言係を進んでやっているのだろう。
 時計を見ると9時を回っていたが、デイビットは軽く徹夜をする人なので遠慮なく電話をかける。
『は~い、アレックス!仕事も終わったの?』
「今さっきな。で、電話をくれたみたいだが、何があった?」
『うん、ラモンがね、ちょっと怪しい人を見つけたんだ』
 そう言って、デイビットは蜥蜴男の話をしたが、アレックスは純粋に驚いた。なぜなら、アレックスはそんな見張られている気配なんて全く気づいてなかったのだから。
『…って言うのがあってね、アレックスも気をつけてって話なんだ。どう?何かピンときた?』
 もうひとつ面白いのは、アレックスの第六感に皆が理解を示すようになってきたのだ。ただ、それはエスパー的なものじゃなくて「アレックスの感は当たる」という認識。だけど、あまりにも期待されたり、その反対で信用しなすぎるとプレッシャーになるので今がちょうど良いのである。
 しかし、この付けられているのは全く気づかなかったので、素直に話すがなんだか悪い気がしてしまう。案の定、デイビットは妙な声を上げた。
『気付かなかったの?ここ1週間は見かけたってラモンが言ってたのに?』
「まぁ、俺も仕事が忙しかったから…」と言いかけ、アレックスは急に口ごもった。とあるイメージが頭に浮かんだのだ。
「ニーシャだ」
『へっ?』
「そいつは、ニーシャを見張っている……多分、ヨーロッパまでそいつはついて行くぞ」
 ちょっとまって!とデイビットは慌てた様子で言い、ニーシャを呼んだ。テンパリやすいところは相変わらずだなと、アレックスは冷静に考えていた。
 しばらくすると、ニーシャの声が聞こえてきた。
『何、エイレに続いて私が狙われているの?』
「いや、狙われてはいない…と思う。言葉通り、見張られている気がするんだ……
 本当に、心当たりはないのか?」
 アレックスが逆に聞き返すと、ニーシャは何故かしばらく押し黙った。そこで何かが引っ掛かったのだが、これはつっこんではいけない様な気がした。
『……で?アンタはどうしたら良いと思うの?』
 ぶっきらぼうに言うニーシャだが、それは彼女がそれほど真剣だという事なので、アレックスもそれに応える。
「とりあえず、ラモンも一緒にヨーロッパに行った方が良いと思う」
『確かに…デイビットじゃ盾代わりにも忍びないもんね~』
 後ろの方でヒドイ!と叫ぶ声と笑い声が聞こえてきた。みんな同じ部屋にいるのか。
『まぁ、アンタは一人でも大丈夫でしょうしね。じゃあ、蜥蜴男には気をつける事にするわ』
 そうしてくれ、と別れの言葉を言ってからアレックスは電話を切った。


「電話終わった?」

 見計らったようにハインツが声をかけてきた。振り向けば髪は多少湿っているが、特殊メイクの血がすっかりと消えている。撮影を終え、シャワーを浴びられるほど長く話していたのかとアレックスは吃驚した。
「で、エイレ元気?」
 唐突にその名が出てきてアレックスは面白いほど動揺した。
「な、何で彼女の名前が出てくるんだ!」
「イギリスに行ったって言ってたろ?その連絡の電話かなぁ~と思っただけさ」
 ふふんと鼻を鳴らすハインツにアレックスは頭痛がした。なんてことは無い、鎌をかけられたのだ。
 エイレが一緒にアメリカに来た時から2人の仲についてからかわれていたが、最近になってハインツは確信をもつようになってきた。ティーンエイジャー時代からお互いを知っているためか、そういう些細な違いにも敏感に反応する物なのか?
「……今のは別件だ」
「じゃ、エイレから連絡は来てないの?」
 ちょくちょくメールは来ているのだが、どこか同情的なのがムカついたので、アレックスは自分の濡れたタオルを投げつけた。ギャアー、と悲鳴が聞こえたがそれを無視してアレックスはさっさとスタジオを出る。ハインツはすぐに追いつくだろうからそれは心配ないのだが、たぶん今夜はエイレの事について尋問されるのだろう。


 エイレへの気持ちを自覚したものの、アレックスはまったく行動を起こさなかった。彼女だけではなく、他の皆もが過去の自分とは別なのだと割り切れるまで待つつもりでいる。例えそれがどんなに辛くても。
 今エイレから電話がかかればそれは彼女が崩れそうになっているからだ。限界まで一人で頑張ったが、それでも駄目な時に最終手段としてアレックスを頼る時だ。

 彼女の声は聞きたい、でも、そんな切羽詰まった状態の連絡は絶対に来てほしく無い。


 それでも、今のアレックスには彼女からの連絡を待つ他ないのだ。





↓あとがき

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第三八話 『蜥蜴の男』
 ラモンは不意にカメラを取り出し、パシャリと街中を写した。グアテマラから出た時、置いてゆくつもりだったカメラをニーシャが目敏く見つけてしまったので、表向きは仕方なくカメラを持ち歩いているように見せているラモンだった。
 確かに写真を撮るのは好きだったのだが、ギャングに入っていた頃スパイするために使っていたせいもあり「カメラ=商売道具」という形式が頭の中に出来上がっていた。それなのに、あの軍師様は「後悔するから」とカメラを持ち出しただけではなく、ラモンにその出来映えを見せろと命令した。そうでもしなければラモンはカメラを自分の為だけに持たないことを分かっていたかは知らないが、おかげで彼はもう一度写真の魅力に目覚めていった。
 だから彼は毎日街に出ては目に付く物すべてをカメラに収めた。ずっと飢えていた何かを潤すように、どんな些細な物にでも興味を示し写真を撮っていた。
 そして今また何かを発見したラモンは同じようにシャッターを押したのだが、突然舌打ちをし、同じ場所を連続で撮ってからきびすを返してしまう。そして携帯を取り出すと、訛りの強い英語で「問題がでてきた」と報告した。






 アレックスのアパートで集合するのはもう危険だと判断したデイビットは、自分達の居場所を教えてしまえる物を全部取り替えた上でホテルを借りた。アレックスのアパートも変えたいくらいだったが、年末に出ていくのに今引っ越しをするのはおかしいと、至極まっとうな意見で却下された。
 ただ、ラモンはてっきりモテールを3部屋別々に借りるのかと思っていたので、まさか高級ホテルのスイートに泊まれるなんて想像をもしなかった。金もかかるし別にこんな所を借りなくてもいいんじゃ、と初めて見るホテルを見上げながらラモンは言ったのだが、料金が高い方が警備もしっかりしているのだとさも当然に言われたので、お金に関わることにはもう口出ししないと決めた。
 ホテル、しかもスイート、を長期にわたって借りているおかげか、ラモンは人生で初めてVIP待遇を味わえた。初日なんてエントランスを入るといきなり名前で歓迎されたので、もしかしたら自分は目を付けられているのかと悪い方向へ頭が働いて挙動不審だった。それが今になると我が物顔で平然と部屋まで行くのだから、ラモンも順応性が結構高い。

 ホテルの部屋をノックしてからしばらく待つとデイビットがドアを開けてくれた。
「あ?今日は軍師様が留守番じゃないのか?」と、部屋に入るなり自分よりも長身の男に聞く。
「ヨーロッパの気候を調べてたら、もうちょっと暖かい服が必要になるって買い物に行っちゃった」
「別に明日でも良いじゃないか、自分は自分の分を買えば済むんだし」
 いや~それがね、とデイビットは照れ臭そうに言う。
「ニーシャが僕にはファッションセンスが皆無だと言われちゃってね?だからコーディネイトしてくれるって言うからついでに買ってきてくれるみたい」
 ラモンは一瞬デイビットをバケモノみたいに見たが、すぐさまその服装を見て妙に納得してしまった。
 ファッションセンスの有無ではなく、ただ単に野暮ったいのだ。基本的にポロシャツとカーキ色のズボンでメガネをかけている、見るからにしてオタクな服装。自分のスタイルは自分で決めているラモンにしてみれば、ありえない格好だ。
 ニーシャも見かねたのだろう、だから服を買うと言ったのだから。しかし、それを甘んじて受け入れるデイビットも問題があるんじゃないかと思ったが、それは心にしまう事にした。


 ニーシャはその20分後にホテルの部屋に着いた。ドアを開いたデイビットの、すごい量だね、の声に反応して顔をあげると軽く10袋を抱えているニーシャを見て唖然とした。
「女は何を買えばそんな数を買えるんだ?」
「バカ言わないで、これはぜ~んぶデイビットの分。もう、この子の身だしなみがもう哀れで哀れで…後で試着して見せて頂戴ね」
 タグは取っちゃ駄目よ、と釘を刺してからもう一度ラモンに向きなおり、あんたのおかげで自分の買い物はまた今度になったと愚痴った。
 あてられた事を心底嫌そうにしたラモンだが、とりあえず問題になったものを見せようとテーブルの上にいくつかの写真を並べたラモン。それ写真を見て、ニーシャは顔を歪ませる。
「全部ぶれているじゃない。何?カメラに問題があって、それを私に報告してるの?」
 そんな訳あるか、とラモンは言い返しそうになったが何とかグッと堪える。つい最近の事だが、もうジェネみたいな子どもではないのだからと気が大きくなりニーシャ相手に軽口をたたいたのだが、それがまずかった。絶対零度の微笑み浮かべてから、ニーシャは「もう一度そんな口を私にきいたら、只じゃすまないわよ」と、もっと心をえぐる言葉ラモンに浴びせたのだ。そんなこともあり、ラモンはネストルと言葉を交わしていた時以上にニーシャに対して口答えはしないようにした。口の悪さは相変わらずだが。
「そうじゃねぇ、共通点がわかんねーか?」
 そう言われて今度はジッと写真を見るとすぐに何かに気が付くニーシャ。
「こいつ」と、とある男を指さす。「こいつが全ての写真に写ってるわね」
 そう、まさにそれが問題なのだ。
 『こいつ』とニーシャが指差したのは、色黒で髪を染めている男だった。いつからかは分からないが、少なくとも一週間前からラモンはそいつを頻繁に目撃している。最初は地元の人かと思ったが、それにしては気取ったファッションだなとも思った。しかし、こう毎日見かけるのはおかしいし、よく考えたらラモン達が借りているホテルを見張っているかのようにいつもそう遠くない同じカフェで見かけた。
 今日、ラモンがついに報告しようと思ったのは、その男が困惑したようにホテルの方を見ていたうえ、小さな双眼鏡を取り出し自分達が泊まっている部屋の方を見ていたからだ。
 長年のスパイ時代の勘が、これは偶然じゃないとラモンに語りかけていた。
「こいつ…何者なの?」
 そう言うニーシャの表情がネストル頃とまったく変わってない。ネストルはどちらかというと爪を隠す鷹タイプで、普段はおちゃけたりふざけていたので、王女親衛隊に入ったばかりのジェネにはどこが偉いのだかとなめていた。しかし、必要性が出れば、リアンダーに引けを取らない程周りを圧倒してしまえるのだった。
 その頃を思い出しながら、ラモンはこっそりと息をのむ。恐怖からではなく、どちらかといえば興奮にちかい。自分も好戦的になったとラモンは自得した。
「アンタが知ってるんじゃないかと思って見せたんだが」
 そう言うと、うーん、とニーシャは唸ってからデイビットを呼んだ。
 呼ばれた本人は新品のシャツを着ていた。ちょうど試着の途中だったのだろう、なかなか似合っているので賞賛の眼差しをニーシャに向けるラモン。
「この写真の男、見覚えない?」
 そう言ってデイビットに写真を渡すが、少々考えた後、知らないと首を振った。
「となると……結局なにも分からないじゃない」
「え?少なくとも王女を狙っている敵ではないんじゃないですか?」
「そうとは言えないでしょ?」と、首を振るニーシャ。「私達のあったことのない敵もいれば、昔とは全く関係ない一般人も勧誘しているらしいみたいだし…
 あのマティアスの言い分だからあんまり信頼できないんだけど、エイレが本当の事だと言われちゃうとね~。信じる他ないじゃない?」
「まぁ、好敵手だったんだし、なんか通じるものがあったんじゃねーの?」
「冗談じゃない!」ラモンの一言にニーシャは怒った。「あの子とマティアスに通じるものがある?あんなドSで破壊欲求の塊で歩くわいせつ物と一緒にして欲しくないわ!」
 なんだか隊長へのえこひいきが酷くなっているような気がする、とラモンは思った。
「だが、隊長はなんか信用してるよな『黒豹』のこと?」
 そうなのよ…とニーシャは途端に暗い表情になる。
「理由を知りたくても、困ったように微笑まれちゃうから私もそれ以上は何も聞けなくなるのよ……」
 そう言ってから、しばらく誰も口を開かなかった。しかし、その沈黙を破ったのは、最後に発言したニーシャ。
「まぁ、それはともかくこの男は私達の内の誰か、もしくは全員をつけている可能性は高いわけね」
 アレックスのファンだったら笑えるわね、と勝手な事を言う。
「ま、そう言う訳でこの蜥蜴男を見かけたら気をつけるようにって事で良いか?」
「蜥蜴男?なんでそうなるの?」
 デイビットの疑問にラモンは男の服装を指して言った。
「こいつはな、何時も同じブランドのスーツを着てんの。名前くらいは聞いたことねーか?」
 ブランド名を聞かれてからデイビットは納得した。






 ブランドのモチーフこそが『トカゲ』なのである。





↓あとがき

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第三七話 『侯爵の弟』
「ミス・エイレ!」



 飛行機を降り、税関を通り抜け、到着ロビーで待っている人の波に圧倒されながら久しく聞いてない名で呼ばれた。自分の苗字ならまだしも、名前に『ミス』を付ける人なんてそうそういない。
 まさかと思い声の主を探してみると、年季の入ったスーツを着こなしている初老の男性が柔らかく微笑んでいた。慈しみしかないその笑顔に、エイレは気がつけば彼の腕の中に飛び込んでいた。
「スチュワート…!凄い、久しぶりな気がする……」
「はい、ミセス・トモエがお亡くなりになって以来ですからね」
 母が亡くなってから1年たっているのだが、エイレにはそれ以上に感じられた。昔の記憶が戻って以来、いろんな事がありすぎたのだ。
 アレックスを始めとする仲間に出会えたし、敵でありライバルであるマティアスと対面した。そしてこれからは、王女を探さなくてはならない。つまり、これからも休む暇はないのだ。
 でも、親に甘える子どものように抱きついたエイレを、一切の嫌がりも見せず優しく抱擁してくれるスチュワートがそんな決心を鈍らせてしまう。そんな自分を叱りつけ、エイレは少々惜しみながらも自ら抱擁を解いた。
「まさか迎えに来るなんて知らなかった…電話した時教えてくれれば良かったのに」
 そんな彼女の言い分に苦笑しながらスチュワートは、彼が驚かせたかった、のだと教えてくれた。
「しかし、突然問題が発生してしまいまして急遽私が迎えにあがるという事になりました」
「問題?何か大変な事でも起きたの?」
 純粋なエイレの疑問に、スチュワートは少し言いにくそうにし、何故か周りを気になりだした。その姿に眉を寄せていると彼は苦笑して見せ、ちょっとここで言い憎い話なのでと断った。
「詳しくは車の中で話します。リチャード卿もフェリシティ夫人も貴女と会いたがっています」
 さぁ、とスチュワートはエイレの旅行鞄を取り、駐車場の方へと案内した。








 エイレの名付け親、リチャード・アルドリック・キャラハンの父親が侯爵だった。しかし20年ほど前に父が亡くなられ、その称号を長男であるリチャードの兄ヘンリーが受け継いだのだ。伝統的に長男が称号を受け継ぐのは当たり前の事なのだが、実はこの頃からそれに反対する声がたくさん出ていた。
 リチャードはずっと周りの大人から、なぜ貴方が長男じゃないのかしら、と言われながら育った。純粋に自分の方が勉強できるからかなとその頃は考えていたのだが、高校に入ってから、そんな可愛い事じゃなかったんだと気づく。
 はっきり言うと兄は不良だった。勉強にあまり身が入っていないのは分かりきっていたが、ろくに学校にも行かず仲間と遊びまわり、物を壊したり暴力を振るったりと実は何度か警察の厄介になっているのだと知った。それに付け加え、女性の取っ替え引っ替えが激しかったのだが、同じ穴の狢だからなのか泥沼は全くなかったらしい。
 5年も年が離れているので兄と同じ学校に通っても合う事は無かったのだが、自身も高校生になると妙に教師たちに目を付けられていた。何故だろうと不思議に思いながらもほっておいた。
 しかし、たまたま学校で自分が中心人物になった喧嘩が起こり、血相を変えた教師が何をしていると喚き、警察を呼ぶぞと脅してきた。殴りあいにも発展していないのに、突拍子もないことを言われ喧嘩をしていた相手共々ポカンと口が塞がらなかった。そして怒られている本人達よりも野次馬をしていた生徒達が怒りだしてしまい、教師と生徒との大争いに発展してしまった。
 大混乱になる前に理事長が何とかその場をしずめ、リチャードは訳の分からないまま校長室に行かされたのだが、そこでやっと自分が目を付けられている理由を知った。
 ヘンリーは不良のなかでも特にたちが悪く、父親が侯爵という立場を最大限に利用し自分思うままに生徒を、そして教師までをも操っていたのだという。しかし、表向きは気の利く好青年だったのだからなかなか文句を言える人がいなかったのである。ヘンリーが卒業した後に彼の悪行がどんどん浮き彫りになり、その興奮もおさまらぬままリチャードが入学していたもので教師から目を付けられたのも仕方がないものだった。
 おかげでリチャードは普通の高校生よりも清く正しくあらなければいかなくなり、思春期の男なら誰でもやりそうなちょっとした悪ふざけにも参加できなく窮屈な思いをしたのだった。
 自分の利益のためには口先さんずんで相手を丸め込める事なんて朝飯前のヘンリーと違い、リチャードは真面目で嘘を嫌う人だ。同じ母親から生まれたのに、こんなにも違っちゃうものなのかとかえって感心してしまう。ある友人からは、ヘンリーは政治家に向いてるね、と言われたこともある。
 そのせいか兄弟の父親が亡くなった時、ヘンリーの方が侯爵に向いているとリチャードの妻フェリシティが先立って周りを説得した。ある意味頭が堅く頑固な夫より、義兄の方が向いていると思っていたのも本当だが、同じ高校生活をおくってきたので、もう二度とあんな思いはしたくないしさせたくないと誓っていた。そして渋々ながらも周りはリチャードが侯爵の弟になることを許したのだった。


 それが、今から20年ほど前の話。そして、今になってその兄が厄介な事をしでかしたのだとスチュワートが説明してくれた。
「33歳の女性と駆け落ち?!」
「自身の一番下の娘と同い年ですよ。よっぽど熱を上げているのか、侯爵という立場すら捨てての駆け落ちですからミッドライフクライシスだとしても度が過ぎている」
 どんな人に対しても丁寧に接しているスチュワートが言葉を崩すくらいなのだから結構頭にきているのだろう。もともとヘンリーを好いてなかったという事実もあるのだが。
「おかげで、リチャード卿一家は報道陣から避難するはめになったのですから、いい迷惑です」
 ああ、だからかとエイレは納得した。何が問題なのか聞いた時、スチュワートが周りを気にしだしたのはパパラッチを恐れていたためだったのだ。
「私、ほとぼりが冷めるまでホテルに泊まっている方が良いわね」
「いけません」
 きっぱりと言い切るスチュワートにエイレは驚いた。
「貴女はそうやってすぐ遠慮をしてしまう。大学に通っていた頃もわざわざ寮に入ってしまわれて、皆が寂しがっておられました。
 それに、この程度の事で家族を、娘を一人にさせる事などできませんしね」
 そう言ってスチュワートはウィンクをした。



 エイレは思わず目頭が熱くなった。
 幼い頃からエイレは母親とともに名付け親の元を訪ねたのだが、エイレは一度も疎外感を感じた事など無い。それは、皆が彼女を家族の一員のように接してきたからだ。
 友人の娘にそこまでしてあげる義理は無いのに、リチャードもその家族も当たり前のようにエイレを愛してくれている。だが、それがたまらなく嬉しいと感じると同時に、一抹の不安を感じてしまう。





 彼女は『リアンダー』の記憶を取り戻した。
 そして、その頃敵対していた人が今の彼女の家族を利用しない保証は無い。貴族の人間には簡単に手出しが出来ないだろうとエイレは考えているのだが、手段を選ばなくなったら?
 今は王女の行方が知られていない。でも、その姿を発見した途端彼らは動き出すだろう。今はそう、言うのならば冷戦状態なのだ。

 甘えてはいけない。

 そう言って自分を言い聞かせるエイレだが、ふと、夢に出てきたあの困惑した表情のリアンダーが頭に浮かんだ。





 それの意味することを、エイレはまだ知らない。





↓あとがき

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第三六話 『新しい土地、新たな夢』
 呼ばれた気がして声の聞こえた方に顔を向けると、自分の右腕、息子のように愛しい青年が元気よく腕を振っていた。その後ろには王女とその親衛隊が控えていて、青年と同じく自分が皆の所に行くのを待っていた。
 だからそちらに向かうのはごく自然な事だ。しかし、その一歩を踏み出そうとすると目の前が真赤に染まった。の様に燃ゆる、妙に馴染みが深い


 そして『自分』が振り向き、『私』と目が合った。


 赤い髪の『自分』はどこか困ったように『私』を見、その視線が下がっていき、それを辿ると『私』が『彼』の服を掴んでいた。

 『私』は困惑し『自分』を見上げるか、『彼』もまた何をすれば良いのか分からないようだった……













「お客様?」
 優しい女性の声が、やんわりとエイレの意識を覚醒させた。
 何?と聞くように顔をあげると、制服姿の女性が笑顔で言う。
「もうすぐ昼食の時間ですが、頂かれますか?」
「ああ…はい、いただきます…」
 まだ眠たそうなエイレに微笑みながら、女性は座席を起こすようにと頼んでから他の乗客に同じ事を言うため離れた。
 女性、キャビンアテンダントの後ろ姿を眺めながら、エイレは自分が飛行機に乗っていた事を思いだした。






 グアテマラから、不法侵入したくせに、驚くほどあっさりアメリカに帰れたエイレ達は、次どう動くか話し合った。確かに親衛隊の方は集まったが、肝心の王女自身が見つかっていないのじゃあ意味がない。
「で、肝心のエスパー・アレクサンダーはなぁ~んも分かんないのね?」
 皮肉気味に言うニーシャだったが、本当の事だったのでアレックスは何も言い返せなかった。
「そうなると、地道に動くしかないね~……エイレはどこ行きたい?」
 まるで旅行の話をしている口調のニーシャに苦笑しながら、エイレはふと窓の外を見た。
 グアテマラに3週間もいる間、アメリカはすっかり秋になっていた。赤道に近いおかげで暖かかったグアテマラとは違い、ロサンゼルスは少しばかり肌寒くなっていて、アレックスと共に日本を出てから2ヶ月以上経ったのだと認識させられた。
 日本のパスポートを持っているエイレは、アメリカには3ヶ月以上いられないから、どっちにしろ一旦日本に帰らなくてはならないのだ。その事をニーシャに伝える。
 そしたらいきなりニーシャが私も一緒に行くと騒ぎ立てた。
「いや、そんな一緒に行かなくても大丈夫――」
「そう言ってマティアスに攫われたのはどこの誰かな?!」
 いや、マティアスじゃあないんだけど…と言いたいのを我慢し、エイレは諭すように説明した。
「ニーシャの心配はもっともだと分かっている。でも、彼等は私達が王女様を見つけない限り絶対に手出しはしない」
「そんな保障、どこにあるのよ!」
「マティアス…彼が私の保障よ」
 そう言いきるエイレに、他の皆が顔を見合わせた。
「あの……マティアスって、あの『黒豹』の事だよね?よかったら、何で彼が保障になるのか分かりやすく説明してくれるかな?」
 おずおずと手をあげながら聞くデイビットだったが、他も同じ気持ちなのだと表情を見れば分かった。
「彼は私が隊長だって事、そして王女様を見つけていない事を見抜いている。だから私達を『泳がせる』方が効率が良いと思っているに違いない…
 私が逃げ出した後、実際、彼は本気で私を探し出そうとはしていなかった。本気だったら、例えどんなに優秀でも、彼は部下に指揮を任せるはずがないから、ね」
 エイレの言い分に反論は出来ないので何も言わなかったが、ニーシャは明らかに納得していない表情だった。
「それに」とエイレは続けた「日本に一時帰国するだけで、すぐ違う国に旅立つ訳なんだし、現地集合でも大丈夫よ」
 ね?と首を傾げると、しぶしぶとだが、ニーシャは納得してくれたようだ。
「それは良いけどよ、結局どこに行くんだ?」
 もっともな事を聞くラモンに、一同はまた唸った。
「それなんだが…」と頭をかきながらアレックスは言った。「俺、来年からドイツに帰らなきゃならないんだ」
 初耳である。
「俺が専属でスタントマンをやってる役者が久々に母国のドラマに出るって言って聞かなくって、俺も一緒に行く羽目になったんだ」
「そういえば言ってたっけ、専属のスタントマンだって…その役者って有名なの?」
 ある意味失礼ともとれるニーシャの質問だったが、アレックスは気にせずどうだろうと考え込んだ。
「アメリカより、海外での方が有名かな……ハインツ・ブラントっていう奴なんだが――」

「それだ!」

 いきなりデイビットが声をあげるので思わず他が皆ビクッとした。
「ずっと誰かに似てるな~って思ってたけど、そうだ、ハインツ・ブラントだ!オーストラリアでも結構有名なんだよ、彼!」
 そんなに似てるの?と言いたげなニーシャにデイビットは興奮しながら、雰囲気がすごく似ていると力説したのであった。




 そして話があれよあれよと進み、結局次はヨーロッパに行く事となったのだ。
 そこでどうやって行くかが少しもめたが、結局3つのグループに分かれる事となった。ラモンは少なくとも英語をマスターしなくてはならないので、アレックスとともに年末までアメリカで過ごす。デイビットは拠点があった方が良いとアパートを探すと言い、ニーシャが一緒に行く事になった。そこで残されたのはエイレだが、ニーシャ達がアパートを見つけるまでどうするかが問題になった。現地集合にすべきだとか、それよりも一緒に日本へ行くべきだといろいろ意見が出たが、ちょうど良い機会だしやろうと思っていて結局やらなかった事をすると宣言した。


 それは、名付け親に会いに行く事。



 母が亡くなって以来、ほとんど連絡を取っていなかったし荷物を預けたお礼も兼ねて行かなくてはと使命感を感じていた。
 それに、腕時計の事もある。
 エイレが大学に合格した記念に名付け親が特注で作ってくれた腕時計だったのだが、不可抗力とは言え、失くしたことには変わりないのでそれを謝らなくてはと罪悪感を抱いていた。



 そして今、エイレはロンドン行きの飛行機に1人で乗っているのである。それなりに食べられる機内食を頬張りながら、エイレは先ほど見た夢を思い出していた。
 おかげでマティアスに失望され殺される悪夢を見なくなったものの、あまり頻繁ではないものの、新たな夢を見る様になった。
 王女とその親衛隊の元へ行こうとすると、突然体がリアンダーとエイレの二つに分かれ困惑する夢。ただの夢にしてみては、なんとも象徴的だが、その意味を理解できずにいる。
 思わずため息をつくと、先ほどのキャビンアテンダントが寄ってきて紅茶はいかがと聞いてきた。喜んで貰ったものの、味はやっぱり薄かった。




 飛行機を降りればエイレは1年以上訪れていない土地に足をつける事となる。そして、彼女の名付け親、リチャード・アルドリック・キャラハンとその家族と会えるのだ。
 隊長としてではなく、御前映礼と言う1人の女性として彼らに接することが出来るのだ。
 ニーシャとデイビットがアパートを見つけるまで、エイレは隊長という役目から一時の休みをもらう事となったのだ。





 しかし、それが意外な形で終わる事を、エイレはこの時まだ知らなかった。





↓あとがき

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『バル側』1~35話のダイジェスト!
『バル側』1~35話ダイジェスト!

何だかんだ書いていたら、35話も続いてしまった

『バルドの向こう側』!

それで「今から読もうっかなぁ~」とか「すでに読んだけど、最初の頃がよく覚えていない」と思っている人たちのため、1~35話までのあらすじ、つまりダイジェストを書きたいと思います!


では、↓の【続きを読む】をぽちっとな!

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第三五話 『笑顔』
 ラモンの住処を一目見たニーシャが思った事は、ボロ屋。
 3階建ての茶色い、レンガのようなアパートだが、茶色いのは元々そういう色だったからなのか長年の汚れでそうなったのか。いかにも治安が悪そうな場所に特に目立たないアパートにラモンが住んでいるのは、彼の『仕事』のせいなのか、それとも純粋にこの国の経済力の表れなのか?
 両方だろうな、とニーシャは思った。
「ねぇ…車をこんなところに駐車しておいても大丈夫なの?」
 怯えた声でデイビットが聞いた。
 背は高くなったもの、怖がりなのはサンディの頃から変わってないようだとニーシャは秘かに笑った。
「まだ日が出ているうちは安全な方だ。まぁ、あまり長く放置しておくのは賢明じゃないな……ここらへんで車に乗ること自体あまり賢明じゃないけどな」
「え、なんで?」
「車、しかもレンタルとはいえ状態の良い車に乗ってる奴と言えば金持ってる証拠だろ?信号待ちとかでそういう奴らは狙われやすいんだな、これが」
 あきらかにからかい口調のラモンに、デイビットは感心するくらい反応し、自分の頭2つ分も小さいニーシャの背中にはりついた。これには流石のニーシャも呆れた。


 アパートの外壁も酷かったが、内装はそれ以上だった。
 まず、臭いが酷い。ロビーの隅には何の物だが分からないが、動物の死体が腐っていた。それに人間の排泄物の臭いが混じり、鼻が曲がるというよりも純粋に気分が悪くなった。ニーシャも治安の悪い所で住んでいたのだが、アメリカとグアテマラだとその度合いが全く違う事を確認させられた。
 壁は勿論、天井にもひびが入っているうえ、上で人が歩くとその道筋にそってパラパラとチリが降ってくる。
「あ、そこに立つなよ?」とラモンが注意してきた。「床が濡れてるだろ?水漏れしてるんだ…誰かがトイレを使う度にな」
 ニーシャの肩をつかむデイビットの手に力が入った。


 ラモンの部屋は2階にあり、窓もあったがそこから見えるのは隣のビルの壁だけ。むしろ窓を開ければ触れるほど近かった。
 部屋自体はそれなりにキレイにされていて、必需品はすぐ集められるからと言ってラモンはテキパキと動き始めた。ラモンの部屋にたどり着くまでが恐怖の連続だったのに、着いた瞬間安心したのかデイビットが手伝うよと申し出た。
 たいして重い物はないだろうが、力仕事は彼らに任せてニーシャはラモンの所持品を眺めた。家具はシンプルで安っぽく、ベッドのシーツなんかは、洗ってはいるが、買い換えてはないだろう。でも、全体的に清潔感はあった。こんな場所でも心地よく住めるようにしている努力は感じられた。
 ふと、本棚に目が移った。
 ラモンが『本読み』だとは思っていなかったので本棚があるのは意外だったが、よく見たら本が一冊もない。名前のないファイルが多く、プライベート品を見る事に心の中でラモンに謝罪しながらニーシャは一冊手に取った。
 新聞の切り抜き。盗撮されたとしか思えない写真。そしてニーシャでは読めない字で書かれたメモ。他のページを見ても同じ風に整頓されていて、他のファイルも同じなのか思わず手を出すニーシャ。
 「そう言えば、彼はギャング内ではスパイまがいな仕事してたと言ってたわよね…」と4冊目のファイルを手に取りながらニーシャは一人ごちた。
 ページを開くと、ひらひらと写真が数枚床に落ちた。慌てて拾うと、町はずれで日向ぼっこしている犬が写っていた。明らかにこれまでのファイルとは違う写真に、ニーシャは驚きを隠せないままページをめくった。
 老人たちがボードゲームを楽しんでいる写真。商店街で野菜を買っている中年女性達の写真。ひっそりと道端に咲く名も無き花の写真。そしてそれぞれの横には手書きで日付ともうひと文書かれていた。筆跡を見ると、他のファイルのメモ書きと似ていた。
 一通り写真をすべて見てからファイルを戻そうとすると、他のファイルの下に隠れるようにして写真が一つ裏になっていた。
 ここまで来るとプライバシーなんて構っていられないとニーシャは開き直って、写真を引き抜いた。そして写真を裏返すと、見た事がある女性が写っていた。口を開いた大きな笑顔で、ラフな格好を形ばかり隠そうとしている写真。
 これまでの中で一番プライベートで、一番親密な写真。ラモンの元恋人、デローリスの写真。そうではないかと疑っていたが、これでやっとこれらすべての写真はラモンが撮ったのだと確信した。
 振り返ると、ラモンの準備はほとんど整っていた。いらないものすべて捨ててしまうだろう。本棚には寄りつかないようだからここにあるもの全てはゴミになる運命。
「……これを私が預かってても文句ないわよね?」
 そう言って、ニーシャはその笑顔の写真をこっそりと他の写真が入っているファイルに入れ、それごと2人の元に近寄った。


 これだけ写真を撮っているんだ、ラモンが愛用しているカメラがあるはずだ。もしそれが必需品の中に入ってなかったら、ニーシャは強引にでもそれを一緒に持って行くように説得させようと決心した。













 嗚咽もおさまり、エイレから時々聞こえてくるのはしゃっくり似た息の吸い込み。背に回された手は未だに離れようとはしておらず、アレックスも異存がないのでエイレを抱きしめ続けた。



 不思議な感覚だ。



 今、腕の中で泣きやんでいるのはミサキエイレという名の女性だって事を知っているし、昔は父のように慕っていた隊長『赤獅子』リアンダーだって事も分かっている。どちらも尊敬し、どちらも愛している。
 だが、彼らは別々の人間なんだ。
 リアンダーの記憶を受け継いでいても、エイレは彼にはなれない。それはエイレに限ったことではなく他の皆、ニーシャもデイビットもラモンも、それにアレックスにも言える事だ。
 20年以上も今の姿で人生を歩んできたのに、いきなり蘇った記憶だけで昔どおりに振る舞えは出来ないし、そう強制させるのも酷な話だ。
 だから、アレックスはエイレへの気持ちを自覚しても、それはおかしいと葛藤などしなかった。昔は昔、今は今、2人が出会えたのはその記憶のおかげだが、それはきっかけにしか過ぎない。アレックスが好きになったのは、前向きで、優しくて、誰かの為に料理を作るのが楽しくて仕方がない、笑顔の似合う女性なのだ。
 だからここで彼女がすべてを忘れたいと彼に救いを求めたら、アレックスはそのまま彼女を連れて逃げてしまってもいいと思っている。
 しかし、エイレは絶対にそんな事を言わないのは分かり切っている事で、途中で逃げ出すなんて彼女ではありえないのだ。


「アレックス…」エイレが彼の肩に顔を埋めながら呼んだ。「1つ、言っても良い?」
 何も言わずアレックスはゆっくりと腕を解き、安心させるように顔を覗き込んだ。目は涙で赤くなっていたが、表情はいくらか柔らかくなっていた。
「私は、リアンダーのように体力的にも精神的にも強くない…
 それでも皆の事を思うと弱くなんていられない。隊長は皆のまとめ役、私が崩れたらこの親衛隊自体が崩れてしまう。そうならない為にも、アレックス、あなたを頼ってしまうかもしれない…」
 エイレの目から、静かに、一粒の涙が流れ落ちた。
「でも私は、王女…ダーシャがちゃんと幸せになってくれるのを見届けたい!」
 親指で彼女の涙払いながら、アレックスは自分が今何をすべきか良く分かった。
 自分の気持ちは今、伝えるべき時ではない。エイレを含め、他の皆はアレックスのように割り切れていない。今のエイレの願いだって、エイレ一個人としての願いではなく、隊長からの頼みだった。


 でも、これだけは言っておきたかった。


「……俺は、ユリウスは隊長の頼りになりたくてずっと頑張ってた。それでも隊長は常にユリウスの前を歩いていた、だから追いつくので精一杯だった。
 そして、その気持ちは今でも変わらないんだ!」

 だから、頼ってくれエイレ

 最後のは心の中で呟いた。
 それでも気持ちが伝わったのか、エイレはありがとうと言い、初めて会った時の笑顔を見せてくれた。


 一人じゃないと分かった時の、安心した時のあの笑顔をもう一度眺め、今度はアレックスが涙するところだった。





↓あとがき

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第三四話 『簡単な事』
 人ごみの中に彼女はいた。


 忙しく人が行き交う中、彼女だけはその場で立ち止まっていた。しかも、とても悲しそうな表情で。
 そんな表情は似合わないと思った、だから声をかけた。



 その時の彼女の笑顔を、今でも鮮明に覚えている。













「あんた、アレックスになんて言ったの?」
 助手席からラモンを振り返りながらニーシャは聞いた。
 デイビットが何とか今夜泊まれるホテルを見つけた後、ニーシャはエイレを寝かしつけてからラモンの必需品を取りに行こうと提案した。だから今、車にはニーシャとラモン、そして運転席にデイビットと3人でラモンの家に向かっている。
 その途中で、今の質問が出たという訳である。
「何って?」
 とぼけないでよ、とニーシャは怒ったが、別にラモンはとぼけているのではなく純粋に何の話か分からないのだ。
「あんた達2人で何か話してたじゃない、私がデイビットに電話してた時。あの後からずっと、アレックスは不機嫌なの……もしかして気付かなかった?」
 ラモンはその情報に普通に驚いてた。
「アレックスがあれから一回も笑顔を見せてないのはおかしいのよ。
 デイビットも知らないと思うけど、あの子はね隊長の周りでは笑顔を大放出してるのよ。私と2人っきりの時はずっとブスッとした顔なのに!」
 はぁ、としか言えないラモン。
「それだから、あんたと話した後あの子が隊長相手に一階も笑いかけてないのがおかしいのよ。
 ここから考えると、彼は隊長が帰ってきても素直に喜べないのだという事なんだけど…あんた、アレックスになんて言ったの?」
 もう一度聞くニーシャに、ラモンは頭をかいた。
「一応…他の連中には言うなって釘を刺されているんだが」
「私の方が立場が上なんだから言いなさい」
 さぁ!とラモンを急かせる様に、吹き出しそうになるのを抑えるデイビット。昔からそうだったが、自分の恩師は時々ものすごく子供っぽくなるのだ。
「まぁ、俺も秘密にする必要性がわかんねーからいいけどよ?話したのは、隊長と再会した時の様子とかだから…」
 そうしてラモンはアレックスに話した同じ内容、エイレと再会した時の彼女の様子、そしてその後の出来事を語りだした……












 最初の頃は、そういう意識はまったくなかった。

 ……いや、実は無意識に感じていたのかも知れない。

 周りがからかっても気にしなかったのに、彼女に冗談交じりでその事を言われた時、複雑な気分になった。なんでそんな気分になるのかが分からなかったが。

 でも今なら分かる。


 あの頃から、彼女をそういう風に意識していたのだ。












 ニーシャに寝かしつけられてから、エイレは何度も寝ようとした。しかし、結果としては天井とずっと睨めっこしている。
 身体共に疲れきっているのに、なかなか寝付けない。その理由をしかし、エイレは何となく分かっていた。
 隣の部屋にはアレックスがいるのだ。
 デイビットが確保できたホテルは、2つの部屋が繋がっているものだった。その片方にエイレを寝かしつけ、ニーシャおよび他の皆はもう片方の部屋でもう少し話しあった。そして、ラモンの必需品を取りに行こうという話になり、アレックスを残して他の3人が出て行った。
 エイレがなぜそんな事が分かるのかと言うと、部屋を繋ぐ扉が少し開いているのでそこから会話が聞こえるのだ。決して扉の建てつけが悪い訳ではなく、もしエイレに何かが起こったらすぐに分かる為にニーシャがわざと開けといたのである。
 そのため、たとえヒソヒソ話でも彼らの声は筒抜けだったのだが、エイレが寝付けなかったのはそのせいではない。

 エイレは寝るのが怖い。

 最近、エイレは悪夢を見ない日は無い。その内容は似たり寄ったりで、大概はマティアスがエイレに失望して彼女を殺すところで目が覚める。なんでその夢なのかは、今ホテルの天井を睨みつけながらエイレは悟った。
 今の自分の、隊長としての不甲斐なさに失望されるのを恐れているのだ。
 浅からぬ中のマティアスに失望されるのも堪えるものがあるが、彼以上に失望させたくないのが隣の部屋で静かにしている人物、隊長の右腕であるユリウスことアレクサンダー・フォン・ハーツバーグ。
 ユリウスは隊長を、ほとんど盲目的にと言ってもいいほど、信用しきっていた。リアンダーの言う事に素直に従い、隊の為に体をはる。
 そんな彼が隊長の弱さを知ってしまったらどうなるか、エイレは知りたくなかった。今の自分が、悪夢程度で精神がやられてしまうのを知られたくない。隊長を信用しきっている分、それが裏切られた時の彼の表情を見たくなかった。
 だからエイレは眠れない。ここで寝て、悪夢を見たらアレックスは飛んでくるだろう。そして、不甲斐ない隊長を目撃する事になる。それだけは、絶対にあってはならないのだ。
 突然、扉をコンコンと叩く音がした。












 ラモンの話を聞いて、ニーシャは盛大なため息をついた。
「そりゃ、あの子が不機嫌になるのも無理ないわ…」
 彼を残してきたのは正解だったね、と言う彼女に他の2人は不思議そうに眉をひそめる。
「番犬用に彼を残してきたわけじゃないの?」
 そう聞くデイビットにニーシャは苦笑いをした。
「言いえて妙ね、それ……確かにそれもあるけど、あの2人は昔からとても仲が良かったでしょ?だから、いろいろ話したい事があると思うし、2人っきりにさせたんだけど…今のラモンの話を聞いて改めてそれが正解だったね」
「だから、それはどういう意味なんだよ?」
 下唇を突き出しながらラモンは言った。
「分からない?あの子はね、隊長一筋なのよ?
 その敬愛する隊長が怪我を負ったのに、自分が何も知らないなんて許せるわけがないのよ。隊長もそうだけど、あの子も相当過保護だからね~」
 特に怪我を負わせたのがあのマティアスじゃあね、とニーシャは心の中で付け加えた。












「エイレ…起きてる?」
 遠慮がちに問われる声はアレックスのものだった。その声が、自分以上に不安そうに聞こえ、エイレは、どうぞ、と優しく彼を迎え入れた。
 デローリスを送った後、ずっとアレックスの様子がおかしかったのはエイレも気づいていた。他からしてみたら、彼は不機嫌そうに見えるかも知れないが、それは彼が考え込んでいる時の表情なのだと知っていた。何が気になるか分からなかったが、今の声色から彼は自分にその考えを伝えようとしているのが理解できた。
 少し戸惑ってから、アレックスはもう一つのベッドに腰をかけた。そしてエイレも彼と向き合えるように、上半身を起こした。
 その状態が無言のまましばらく続き、突然アレックスがドイツ語で話しだした。

「君と、話したいんだ」

 エイレは目を見開く他なかった。
「今、話しているじゃない」
「違う」とアレックスは首を振った「俺は、夏の初めに日本で出会った、あの女性と話したいんだ」


 胸が、踊りだした。


 理由は分からないが、エイレは突然息苦しさを感じた。しかし、それを何とかアレックスに気づかせないように努力するものの、言った本人は構わず言葉を続ける。
「何も隠さなくていいんだ…俺は、隠されてほしくない。
 この2週間で起こった事も、この」と彼はエイレの顔に手を寄せる「顔の傷だって」
 左頬に触れそうになった時、思わずビクっと後ずさるエイレ。触れられて痛いからではなく、隠しているはずの傷を事を知って吃驚しているのだ。そして、自分が迂闊だったのを思い知った。ラモンに、その事を言わないように念を押しておくべきだったと。
 しかし…アレックスだったら、たとえ彼から聞かなくても分かってしまう可能性がでかい……

「どうして隠したいのかも、何となく分かる……君と同じ立場にあったら、誰でもそう感じてしまうから……」


 怖かったよな。




 息が、止まる…

 無意識にエイレは首を横に振り始めた。

「自分に何が起こるか分からない…殺されるかも知れない…それを恐れるのは当たり前なんだ」

 違う…

「自分だけじゃない、他の皆の事を思って怖くなるのも当たり前」

 やめて…

「恥じる事なんてない…恥ずかしがる事もない…
 誰も君を責めたりはしな――」


「やめて!」


 悲願するように声をあげるも、アレックスは怯まなかった。
 むしろ、怯んでいるのはエイレの方。
「……怖かったんだろ」
 静かに、優しく、諭すように言う…
 それが、限界だった。
「怖かったわよ!状況が分からないし、皆が無事か分からないし、マティアスと再会するなんて…っ!」
 高が外れたように、怖かったと連呼するエイレ。
「レイプされそうだったのよ!」
 ここではじめてエイレはアレックスの顔を見た。
 もしここで彼が、驚いたり、傷ついた表情を見せていれば、エイレはあふれ出てくる感情の波を抑える事が出来ただろう。それが良い事か悪い事かを別として。しかし、アレックスは表情を変える事はなかった。
 エイレの言う事をすべて受け入れ、しかも許してくれそうな、慈悲深い表情だった。
 だから、エイレが箍が外れたように自分の心の内を溢れさせた。
「あいつ等…何をするか、全部聞こえてた!私が理解できないと思って、全部話してた…
 押さえつけ方、マティアスにばれない方法、そして知りたくなかった具体的な事までも…っ!」
 あふれ出す言葉と涙は、もう止める事は出来なかった。
 しゃくりをあげながらも、話すのを止めないエイレにアレックスはベッドから降り、少し彼女に近づきその手に自らのを重ねると、躊躇なく彼女は握ってくる。
 そして、どちらからともなく2人は近づき、お互いを強く抱きしめた。











 本当に、簡単な事だったんだ…
 すごく簡単すぎて、今の今まで気づかなかっただけ。
 腕の中で泣きじゃくる彼女を抱きしめながら、俺はやっとわかった。


 彼女が好きなんだ。




 どうしようもなく、エイレが好きなんだ。





↓あとがき

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第三三話 『再会して』
 皆と会う前に彼女を送りたいと隊長が言うので、素直に従ったデイビット。車はエイレと再会(デイビットとは初合わせだったが)した時すでに手配してあったし、隊長の命令は絶対だ。
 まぁ、これはどちらかと言うと願いの方だったが。


 デイビットがサンディだった頃、隊長は22歳と今のエイレと同い年だった。その頃は『王女親衛隊隊長』なんて肩書はまだなく、『赤獅子リアンダー』の二つ名で知られ、ネストルが自分の友人として紹介してくれた。
 あの頃のリアンダーは年相応の明るい表情をたくさん見せていた。楽しければ笑い、辛い事があれば不機嫌になり、からかわられれば拗ねた顔をする。そして「隊長」と呼ばれるようになり、彼はそれに伴う威厳と落ち着きを身に付ける。それは成長する事においてきわめて自然な事だし、サンディはそれを変だとは思わなかった。


 今の隊長、エイレからは不思議な事にリアンダーの最後の頃の雰囲気を感じる。しかし、それも当たり前かなとデイビットはハンドルを握りながら思った。
 現代の姿で過ごしてきた年齢に付けくわえ、前世の頃の年齢分の記憶を持っているのだ。つまりデイビットだったら、およそ60年分の記憶を持っている事になる。しかも一気に記憶がよみがえったから、多少性格が年相応に感じられなくても仕方がない。
 デイビットもサンディの記憶が戻った時、変な話ではあるが、やっと『大人』になった気がしたものだ。
 だから今のエイレの雰囲気を特に変とは思っていなかった。
「彼女は誰だったんですか?」と昔と同じように話しかける。「いろいろ話されていたみたいですけど…」
 エイレは助手席で目をつむったまま答えた。
「デローリスと言って、いろいろと面倒を見てくれた人。ラモン、今のジェネの名前、の恋人だったけど、勘違いが重なって仲が破局させてしまったの」
 はぁ、とデイビットは曖昧な相槌を打った。
「…最後に何かを貰ってましたけど、なんです?」
「彼女の連絡先。
 ……彼女もラモンも、何が一番つらいのかって、いまだにお互いの事を憎からず思っている事なんだと思うの。いろんな勘違いが重なって2人の仲がこじれてしまったけど、その内また逢いたいと思う日が来るかもしれない…これが、私が出来る最低の償い」
 私が現れなければ2人はまだ一緒に居られたのにね。
 淡々とした口調で言っているものだから、デイビットは果たしてどう声をかければ良いか分からなかった。まぁ、もとよりこういう話題はあまり得意ではなかったが。
「…この事は、ラモンには秘密ね?」
 そう言ってエイレは笑ったつもりだったのだろうか。デイビットには隊長の表情から何も読めずにいた。








 唯一ジェネより背の低かったサンディが、今一番背が高いのは詐欺だとラモンは口にした。
「再会の第一声がそれかよ」とデイビットは苦笑した。
 他の3人と合流するなり、ニーシャはエイレに飛びついた。バスターミナルで再会した時もいっぱい抱きしめていたのに、それでも足りないと言うばかりに彼女を離さない。ネストルはリアンダーをすごく気に入っていたのは知っていたが、性が変われば表現方法も変わるものみたいだ。
 ちょっと懸念していたエイレとラモンだったが、目が合うなりラモンは恥ずかしそうに頭をかいてから肩をあげて笑った。それを見てエイレは驚いた顔をしたが、すぐに元の微笑んだ表情に戻った。
 良かったとデイビットが胸をなで下ろすも、ふとアレックスの顔を見て眉をひそめた。


 笑ってない。


 隊長の安否を一番心配していたのに、アレックスは何が気がかりなのか、納得できないと表情が物語っていた。
 まぁ、元からあまり笑顔を見せないアレックスではあるが、再会の喜びくらいはあってもいいような気がした。
 そして何より、皆からとの距離が遠かった。まるで、他の人達の再会を観察するがごとく、少し離れた場所に立っているのだ。
 変だなと心の中で首を捻るも、ニーシャに今夜泊まるところを確保してと言われたので、すぐさまそっちの使命に取り掛かった。なので、アレックスの妙なところはすぐに頭から消えてしまった。












「やっぱり、タナトスが来てるのね…」
 ホテルに向かう途中、エイレとラモンが確保した情報をぽつぽつ話し出した。そして敵の人数、そして名前を話すなりニーシャはため息をついた。
「タナトスって『死神』の事だよな?俺も隊長も良くは知らないんだが、どんな奴なんだ?」
 ラモンの質問にニーシャは顔を歪めて、気味の悪いヤツよ、と言った。
「実際に話した事は1度しかなかったけど、その時分かったのは彼は見た目を然る事ながら、その言動が人間離れしていることね…喜怒哀楽っていうか、何か人間として根本的に欠けている感じだった……
 国王と交渉していた時、彼が何かを言うごとに部屋の空気が寒くなっていったわ…もう、あれは交渉と名ばかりの脅しだったわね」
「そんなヤバい相手なの?」と聞くのはデイビット。
 そうね、とニーシャは少し考えた。
「敵には結局何人いるって?」
「20人」とエイレは答えた「でも更に仲間を増やしているみたい」
「で、実際名前が出てるのは『タナトス』『カト』『マティアス』…そしてあんた達(アレックスとラモンを指しながら)が対峙した『アリスタウス』って人。
 その中で言うと1、2を争うヤバさね」
「誰と争ってるんだ?」
「もちろん、『黒豹』マティアスよ。まぁ、ヤバさの方向性が正反対だから順位が付けられないだけなんだけどね」
 ふーんと思いながらも、あまり実感がわかないラモン。その2人に会った事もないので、どんなヤバさなのが想像すらできない。
「一応あの中では『タナトス』がリーダーって事になってるけど、もともと連合がそれぞれから人を出し合って結成されているから、実際には3つくらいに分かれているけどね」


 ニーシャの話によると、敵に20人くらいいても『タナトス派』『カト派』『マティアス派』に分かれているのだという。ダーシャ王女の力が発覚し、それを奪い去ろうと連合の各国々が協力して結成されたグループだが、我こそが先にとグループ内で分かれてしまうのも仕方がない。
 だから純粋な人数では敵の方が王女親衛隊より勝っていても、それぞれの派閥が協力する事はあまり無いので、心配は不要らしい。


「しかし」とニーシャは腕を組んだ。「敵さんの姿が全く変わってないのは予想外ね」
 それは相手も同じ、とエイレが言った。
「私達がここまで姿が変わるなんて思ってもいなかった…だから彼らでは王女は絶対に探し出せないって気づいた」
 どういう事だ?と聞きたそうな表情にエイレはゆっくりと話した。

「見た目が変わっても、私達はお互いの事が分かった。それは私達がお互いの事を認識していたから。
 もし、どちらか1人でも昔の頃の相手を認識していなかったら、今になっても気づかないまま……実際、マティアスの部下に『赤獅子』の事を知っていても、リアンダーの方が相手を知らなかったので長い間彼らは私が誰なのか分かっていなかった…
 今ニーシャの話を聞いてて気がついた。彼等が姿が変わってないのは、そうありたいから、ではなく、必要性でそのままなのだと。3つも派閥があったら、全員が全員の事を認識しているとも限らないから…
 そして王女は敵の方を全く知らないので、見た目を頼りに探し出せないという訳」

 あ、と突然デイビットが声を上げた。
「だったら、このまま王女を探さない方が良いじゃん!
 だって敵は王女を見つけ出せないのなら、それにこした事はないじゃない?」
 良いアイデアだとデイビットは思ったが、隊長はそれを否定する。

「第一に、王女は昔の姿のままじゃないと断言はできない。
 第二に、そしてこっちの方が大切なんだけど、王女にはあの力が宿っている。何も知らないまま、またあの力が解き放たれたら…そして、周りに誰も彼女を救う人がいなかったら…


 それだけは、絶対にあってはならない」




 そう言ったエイレの目は、『赤獅子』のように光っていた。





↓あとがき

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第三二話 『借り』
 自分が隊長代理だと宣言したユリウスの言葉に、男達はざわめきたった。そんな話は聞いていない、やら、本当のことなのか、と口々に言っている。
 そんな男たちの様子を、呆然と眺めていると、突然ユリウスに小声で叱られた。
「何してるんだ、早く逃げろ」
 逃げろだなんて、見下しているようにしか感じられなくて、ジェネは思わず反論の声を上げるため立ち上がろうとしたが、また尻もちをついてしまった。何だ?と疑問を感じているとユリウスが何故か舌打ちをし、剣を鞘に戻してから急いでジェネを立たせ走り出した。
「腰を抜かしているならさっさと言えよな!」
「腰なんか抜かしてねーよ!ちょっと滑っただけだって!」
 こんな時でも減らず口がきける事に、かえって感動を覚えるユリウス。しかしその時、背中をひやっとしたものがかけ落ち、ジェネを放り出しながら転がる。
 何をするんだ!とジェネの文句が聞こえた気もしたが、それを気にせずユリウスはまた剣を取り出し、頭上から落ちてくる攻撃を防いだ。腕からビリビリと振動が伝わり、純粋な力の差を感じてしまい脂汗が顔を流れる。しかし、ユリウスは引かない。絶対に引けない。
 もう一度剣を振り落とす男の攻撃を、前転をしながら避け、低い体制のまま男のアキレス腱を斬る!
 それは一瞬の出来事で、ジェネが非難の声をあげ振り返った直後に男は悲鳴をあげて倒れた。


 その悲鳴の生々しさに、全身の血の気が引く感じがした。

 そして、その男にそんな声を上げさせるユリウスを一瞬恐ろしいと感じてしまった。


 今度は剣を鞘には戻さず、ジェネを立たせるユリウス。そして、彼の目をしっかりと見据えながら言った。
「今にでも倒れそうなお前が、戦う、なんて言うな。お前の得意分野はそんなものじゃないだろ?
 お前の特技はその足だ。
 だから走れ、ジェネ。走ってネストルに今の状況を伝え、この抜け道を封鎖させろ!」
 俺の事はいいから!とジェネの背中を押しながらユリウスは叫んだ。



 多少後ろ髪が引かれる思いだったが、ジェネは言われたとおり、走った。あの生真面目な坊ちゃんが、いつもバカにしている相手が、こんなにも頼もしく感じてしまうなんてちょっと悔しかった。

 でも、一番悔しいのはそんな相手に借りを作ってしまった自分であると自覚しているジェネだった。











 ラモンはそんな成長したユリウス、つまりはアレックスの横顔を睨んでいた。昔のあの時に付け加え、先ほども命を助けてもらったから彼には2つも借りがあるのが腹立たしい。
 ちょっと離れた場所ではニーシャがデイビットに電話をかけていて、必然的に2人きりの状況なのだが、どちらからもなかなか話しを切り出さない。もともと仲が良いとはいえなかった二人だからだろうが、先に折れたのはアレックスの方だった。
「……文句あるんだったら、口で言ってくれ。そんなに睨まれても、俺にはどうしようもないんだから」
 心底困っている口調で言うアレックスを、鼻で笑う。
「お前のことなんか、大嫌いだと再確認しているだけだ。」
 ラモンの身も蓋もない言い様に、呆れつつも否定はしない。ユリウスはジェネと始めて会った時から気に入らなかったのだ。生意気な態度とか、可愛げのない言葉とかいろいろあるが、根本的に性格が合わなかったのだ。
 しかし、そんな2人でも共通点が1つだけある。
「…なぁ、エイレ…隊長とはいつ会えたんだ?」
 真剣な声色に若干驚くものの、ラモンは素直に一週間前位かなと素直に言う。
「そのとき…どんな様子だったんだ?」
 変な質問だなと訝しんで振り返ってみると、アレックスの切実そうな表情に息を呑んだ。
「やつれていたし、目の下のくまも深かった。そして、少ししか喋ってないけど、それだけでも表情がぎこちないのが分かった…
 だから、この2週間ちょっとで何かがあったはずなんだが、教えてくれないか?」
「…そんなの、隊長自身に聞けば良いことだろ?」と、思わず目をそらしてしまうラモン。
 だが、アレックスはラモンの提案を首を振って否定する。
「隊長は、俺にはそんな事を絶対に教えてくれない。
 ユリウスの頃から解っていたんだ、隊長が俺に対して過保護だってこと。俺に心配させるくらいなら、あの人は口を噤んでしまうんだ…」
 アレックスの意外な一面に、ラモンは面食らった。優等生で良い子ちゃんのユリウスが、そんな風に考えていたなんて思ってもいなかったのだ。
 そして、とアレックスは続けた。
「お前にだって、あの人は甘かったんだ」
 2人はしばらく口を開かなかった。
 アレックスの言い分はもっともである。ラモンだって、ジェネの頃から隊長が自分にも甘い事を知っていた。孤児でストリート・チャイルドだった為、ずっと甘やかされた記憶のないジェネはそれが嬉しくも恥ずかしくて、ついつい反発してしまっていた。
 それでも隊長はかまってくれた。ユリウスとは違うやり方で…
「だから」とアレックスは言った。「お前が本当に隊に戻りたくないのなら誰もそれを引き留めない、むしろ俺はそっちの方が良いと思ってる」
「素直だな」
「でも、戻りたいと思っているのなら…
 あの人はお前を拒まないし、むしろ喜んでくれるさ」
 そんな言葉を投げかけられ、ラモンは居心地の悪さを表しているのか、下唇を不自然に突き出した。それを見て、アレックスが笑い出してしまい、ラモンの笑みをこぼした。
「まぁ、お前には借りがあるしな~」と、笑いが止んでからラモンはぼそりと言った。
 借りとは何のことだか分かってなさそうなアレックスが想定内ではあるものの、やっぱり嫌味だなと感じるラモン。



 でもまぁ、こいつは本当に隊長の様子が知りたいらしいから教えてやろう。とりあえずそれで借りが1つ返せる。それでもまだ1つ残っているままじゃ気がすまないので隊に戻らせてもらうさ。

 もちろん、アレックスにその事を教えるつもりはないけどな。












「ねぇ、エイレ?……あなたはいったい誰なの?」
 そう言った時、一瞬だけ彼女の目が揺らいだ。それは彼女を凝視していたデローリスにしか見られないような、ほんのわずかな揺らぎ。でも、確かに揺らぎであった。
「…あなたと話していると、同年代の女性と話している時があれば、私よりもはるか長い時間を過ごしてきた人と話している時があったの。ラモン……彼にも時々そんな雰囲気があったけど、あなたほどはっきりした違いじゃなかった。
 そして最近、私は同年代のあなたとは全く話してない。

 だから教えて、あなたは誰なの?何が目的なの?」



 そう聞くと、エイレは静かに目をつむった。そうしていれば、彼女は同年代に見えるのに、とデローリスは思う。
 でも、目を開くと『エイレ』は消えていた。
 そして、エイレの姿をした違う人が、彼女の声を借りて言った。
「ただ、守りたい人がいるだけ…
 そして、その人を守るために私は強くならなければいけない。たったそれだけの事なの」



 だから、私は誰か、なんて重要な事じゃないの。




 そうはっきり言ってから彼女は微笑み、デローリスに、とにかくシェルターまで送るから、と言った。

 それにお礼を言いながらデローリスは、エイレに説明が出来ない不憫差を感じ、願わずにはいられなかった。





 だれか、彼女が…『エイレ』が重要なのだと言ってあげて。





↓あとがき

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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